忠犬ハチ公の日 

 渋谷駅のシンボルのひとつで、誰もが待ち合わせに使う場所。

 ぼくもハチ公の前を通って仕事に通っていた時期がある。

 ハチ公の亡くなる8年前の4月8日にハチ公のあの銅像ができた。その時はまだハチ公は存命中だった。生きてる間に銅像が建つのは人間でも少ないと思うけど、ハチ公はどう思ったんだろう?
 待ち続けた主人の方が嬉しかったかもしれない。

 とは言え、渋谷といえばハチ公、あまり渋谷の街に詳しくないような人が待ち合わせる定番の場所になり、その愛くるしい姿とエピソードで、街のシンボルとなっていった。

 最近は複合ビルが増えすぎたせいで、渋谷の駅前はすっかり姿を変えつつある。そんな街並みをハチ公はどんな思いで見つめているのだろう。

 ぼくが渋谷で仕事をしたのは18年も前のことだ。iPhoneが発売される2年前で、ぼくはアメリカ大使館が主催したこの年のセミナーでそのことを予言した。

 その年に13年勤めた総合電機メーカーを辞めて、米国シアトルのスタートアップ企業に初めての転職を経験した。大企業を辞めて海外のスタートアップに転職したぼくの最初の仕事は、日本法人の登記とオフィス探しだった。

 メガバンクの本店の受付に行ってまだ日本法人の登記もない企業のホームページの情報だけで口座開設を交渉したのをはじめ、今考えると、「経験がない」、「知識も情報もない」、「前例がない」、仕事ばかり。だからこそ、がむしゃらにやるしかない日々だった。

 創業して3年目で本国アメリカでも70人ぐらいの規模。初めての海外拠点が東京。それでいきなり社員5名も採用するイケイケのスタートアップ。
 今のようなシェアオフィスもほとんどなく、あってもスタートアップ向きでなく値段が高い。
 スペースも場所も重要。信用もバックも何もなくオフィス選びは困難を極めた。

 なんとか渋谷の南平台の古い雑居ビルを見つけてあとは契約というところまでで、転職して1か月が過ぎる。

 住所が決まらず登記も出来ず銀行口座も開けない。当然、社会保険もない。
 ちょうど出張してきた経理のトップ(コントローラ)が海外企業向けのエージェントを使えとはじまる。
 日本市場でのロウンチを急がなければならない。
 この日に契約を決めないとせっかく見つけた物件はこの日に決めないと申し込みをいれてきている別の会社もいる。
 これ以上オフィス探しなんかに時間を取られたくない。
 コントローラとエージェントの間で厳しい議論になる。

 こちらが見つけた物件より良い物件を1ヶ月以内に見つかる保証があるのかというぼくの問いにエージェントは答えられず、結論が出た。渋谷のオフィスとその日に契約することができた。

 この時に経理のトップは少し激しめの議論を“Good Exercise!”ともまとめてくれた。

Exerciseには「知力を使う」とか「頭脳を鍛えるための演習」といった意味もあるのだが、その場でこの意味をちゃんと理解出来ず(「良い運動」ぐらいに解釈)、ぼくはきょとんとしていた。

 ハチ公のようなロイヤリティを日本の組織は求めがちだが、ハチ公のロイヤリティはあくまで個人的な関係性のものだ。

 やはりこのイノベーション大競争の時代には、米国の特にスタートアップ企業のこういったフラットで自由に発言ができるカルチャーに学ぶことは手法よりもっと大事なことだと思う。

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