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フードフォレストのつくりかた:雑木と果樹の共生する森へ 地下編

ACTANT FORESTで取り組みはじめたフードフォレスト。雑木林のここちよさと果樹の収穫が両立する森を目指して、昨年秋から一部の区画で作業を開始した。果樹園でいえば開園準備にあたる敷地の整備と、苗木植え付けの段階。ここで、できるだけ良好な初期条件をつくっておこうと試しているのが、次のふたつだ。

ひとつは、前編で記した地上のレイアウト。日照ベースで果樹/雑木、高木/低木のマウンドを設定する。そしてもうひとつが、この地下編で取り上げる私達の目には見えない土の下のレイアウト。以前の記事でも触れたWWW(ウッド・ワイド・ウェブ)の形成を促すために、どの樹種をどのマウンドに植えるか、菌根のタイプをベースに配置していくというものだ。

森の生態系の複雑さを前に、はたしてこの「つくりかた」がうまくいくのかどうか。その成否は時間が経ってみないとわからないが、ともあれ、以下では、私たちがどんなふうに果樹を選び、樹種を組み合わせ、土の力を補おうとしているか、試していることをレポートしてみたい。

自然に育つ樹種を選ぶ

果樹栽培の大前提として必ず強調されるのが「適地適作」。収穫までのサイクルが短く、作付時期を調整できる野菜とは違って、果樹は一度植えたらその場所で長年育っていく。だから、特別な設備もない森で、肥料もやらずに栽培しようとすれば、なおさら気候風土にあった「自然に」育ってくれる果樹を選ぶことが重要になってくる。

では、土地と果樹の相性をどう判断するのかというと、その基準となるのは、1) 気温、 2) 降水量、3) 地形、4) 土壌といわれている。

http://www.kasyukyo.or.jp/wp-content/uploads/2015/06/saibaitekichi.pdf
「果樹の栽培に適した気候等の条件」一般社団法人 日本果樹種苗協会

ACTANT FORESTの場合、1) 気温と 2) 降水量に関しては、ウメ、カキ、リンゴなどの落葉果樹であれば、おおよそ栽培条件に当てはまっている。3) 地形に関していえば、三方を山に囲まれた霜が溜まりやすい場所にあるので、耐寒性にはとくに気を払う必要がありそうだ。

4) 土壌については、現状ほとんど数値的なものは把握できていない。地域によっては「日本土壌インベントリー」というデータベースが利用できそうだが、山間地にある私たちの場所のデータは含まれていなかった。しかし、篠竹が優占していたこれまでの状況からして、ここが果樹にとって快適な土壌ではなさそうなことは見てとれる。表土は硬いし、腐植も少なく、篠竹を伐採したことで乾燥も進んでいる。おそらく保水性も通気性も、土中の生物や微生物の量や多様性も低い状態だろう。

土の下の見えない領域をデザインする

では、いまある土を、果樹が自然に育ちやすい環境に変えていくには、どうすればいいのだろうか。慣行農法では、肥料を使って土壌の窒素、リン酸、カリといった化学的成分を調整することが土づくりの主流となってきた。これに対して、環境負荷の面からも近年いっそう重視されているのが、地中の微生物のはたらきを活用する方法だ。ACTANT FORESTでも、雑木との共生を前提とした地下の環境づくりを検討してみた。

菌根菌のネットワークをつくる

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Vesicular Arbuscular Mycorrhizae, RIT RAJARSHI, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

植物の養水分獲得に重要な役割を果たしているのが「菌根」と呼ばれる複合体だ。これは菌根菌というカビの仲間が根の先端の組織と一体化したもので、土壌中に菌糸を張りめぐらせて、根のある範囲よりも遠くから水や養分、ミネラル分などを植物に届けている。その代わりに、菌根菌は、光合成によって植物が生み出す糖などを受け取るという相利共生の関係になっている(菌根全般については、以下の書籍でわかりやすく解説されている)。

大きく7つに分類される菌根のうち、森林の樹木の多くが共生しているのは「外生菌根菌」か「アーバスキュラー菌根菌」とされる。このどちらに属するかは樹種によってほぼ決まっているのだそうだ。

外生菌根(ECM):根の組織の表面に菌糸が層を形成するタイプで、多くはキノコを形成する。森林で優占する樹木に多く、特定の樹種とのみ共生関係を結ぶ宿主特異性が高い。
アーバスキュラー菌根(AM):根の細胞の内部に菌糸が入り込み樹枝状体という器官を形成するタイプ。宿主特異性が低く、一部の科を除く陸上植物種の約8割と共生。とくにリン酸の吸収を助ける働きがある。

この菌根菌のネットワークで、植物は個体を超えて地下でつながり、効率的に水分や養分を得ているのだが、今回想定しているエリアは地上部を切り開いてリセットしてしまうので、おそらくそのネットワークがさらに弱い状態になるだろう。そこで、果樹と雑木に適した形でこのネットワークが再構築されるよう、樹種の菌根タイプごとにできるだけ連続性が保たれるよう果樹/雑木をレイアウトしていくことにした。

地下の菌根菌ネットワーク(模式的なイメージ)

たとえば、果樹の多くはアーバスキュラー菌根菌と共生するので、周辺に配置する雑木としては、外生菌根菌タイプのコナラなどよりも、同じアーバスキュラー菌根系のカエデ科、ミズキ科、ヒノキ科などの樹種を選ぶようにする。逆に、外生菌根菌系の雑木が優勢なスポットでは、果樹の中でもブナ科のクリなどを配置する、といった具合だ。

以下の論文では、樹木の実生も、同じタイプの菌根菌ネットワークに組み込まれた方が、より生存しやすくなることが指摘されている。いま植え付ける苗木の成長だけでなく、将来定着する種子にとっても良い環境が形成されれば、フードフォレストが自然に育っていく長期的なサイクルにつながるはずだ。

深澤遊・九石太樹・清和研二「境界の地下はどうなっているのか:菌根菌群集と実生更新との関係」(『日本生態学会誌』63巻2号、一般社団法人日本生態学会、2013年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/63/2/63_KJ00008775869/_article/-char/ja/

また配置を考慮する際のポイントとして、できるだけ地下空間を有効活用できるように、樹種によって異なる根の深さ(浅根型/深根型)のを組み合わせるようにした。

パートナー植物の力を借りて環境を変える

菌根タイプごとの配置に加えて、もうひとつテストしているのが「草生栽培」。通常の果樹栽培では、木の周りに生える下草は刈り取った状態に保つことが多いが、それとは対照的に、緑肥や雑草などを果樹のパートナーとして迎え、積極的に生やしておく方法だ。アーバスキュラー菌根菌は、宿主植物が生きていないと増殖できない絶対共生菌なので、近くに生きた下草(多くがアーバスキュラー菌系)が根を張っていることで、果樹は菌根菌ネットワークをより広範囲に広げやすくなる。

また、フードフォレスト予定地は、篠竹の根がマット状になって硬い土になってしまっている。草生栽培をすることで、その土を新たな草の根でほぐし、通気性や透水性を高める効果も期待できるだろう。

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左が種子。右のパッケージ写真が、成長して枯れた後の様子。

果樹のパートナー植物となる緑肥のなかでも、より菌が増えやすく、管理の利便性も高いとされるのがイネ科の「ナギナタガヤ」だ。カンキツ系の栽培に推奨されていることが多いが、実際は落葉果樹も含め様々な果樹で応用されているようだ。春夏にかけて自然に枯れてくれるため、刈り取らなくても自然のマルチ(土を覆うカバー。通常はビニールを使って土の温度や湿度を維持する)にもなるという。

今はこれを、マメ科のクリムゾンクローバーと混ぜて、 いくつかの植樹スポットに蒔いてみているところだ(マメ科の植物と共生する根粒菌には、大気中の窒素を固定して植物や土壌に供給するはたらきがある)。ナギナタガヤ自体が吸収する窒素量と枯死した分からの供給量が同じになるのは11年目という推計もあり、養分の循環が安定するまでにはかなり時間がかかりそうだが、果樹が自然に育つための強いパートナーになると思うので、うまくいくことを期待している。

具体的な栽培方法については、以下に詳しい。
石井孝昭・Andre F. CRUZ「果樹園におけるパートナー植物を用いた草生栽培は有益微生物を増殖させて化学肥料や化学合成農薬の使用量を削減させる」(『根の研究』Vol. 19, No.1、根研究学会、2010)
http://www.jsrr.jp/journal_free/19-01.pdf

一般財団法人 日本土壌協会「有機栽培技術の手引 〔果樹・茶 編〕」
https://www.japan-soil.net/report/h24.html

おわりに

以上が、この冬私たちがチャレンジしている方法だ。地上編と地下編をあわせて、私たちの考える「自然に」育っていくフードフォレストのおぼろげなイメージが伝わるとよい。

実際、樹木ごとの情報を調べながら配置を決めていく作業はほとんどパズルに近いものがある。もしそんなAIがあれば、瞬時に割りだしてくれるかもしれないが、地上部の景観も同じくらい大事だし、現地での作業も並行していると、一気に全体像を決めて施工していくというプロセスにはなかなかならず、もどかしいところだ。

調べながら作業を進め、工夫して、また調べる。というような試行錯誤のプロセス。なるべく読んでくれたみなさんにとっても再現性のあるつくりかたになるよう、引き続きレポートしていきたい。

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