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DV等で心身が傷ついた女性の回復と居場所づくりを ジェンダーイコーリティに立つ支援現場から


配偶者やパートナーによる身体的・精神的・経済的等の暴力を指す、ドメスティックバイオレンス。2001年に被害に遭う女性たちを救うべく通称DV防止法が制定されましたが、施行されて20年近くもの間ずっと、警察等に寄せられる相談件数は毎年右肩上がりになっている現状をご存じでしょうか。
今回は、DVや虐待で傷ついた女性たちが自尊心を回復し、その人らしさを取り戻すための支援活動を民間で行っているNPO法人男女平等参画推進みなと(以下、GEM)の理事長・柴田美代子さんに、DV被害者支援の現場の声を伺いました。
DV被害者を受け入れるステップハウス(※)の現状やその運営の難しさ、どんなことがあるのでしょう?

※ステップハウス:シェルターを出た後等に、1~6ヶ月程度利用でき、スタッフの見守り(支援)がある環境で暮らすことができる施設です。シェルターの一種ですが、シェルターは、正確には2週間程度滞在できる緊急一時保護施設のことを指します。


DV被害者支援と暴力根絶に取組むGEMの活動

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――DVを経験した女性支援について、GEMではどんな活動を行っているのか教えてください。

GEMの活動の中心となっているのは、DV被害者の生活再建支援です。DVから逃げることができたその先の中長期の支援が必要にもかかわらず、支援にあたり法律的な不十分さがあるためです。
繰り返される心身への暴力によってうつやトラウマを負ってしまい、精神的なダメージを受け、簡単に就労できる状態ではなくなっている方も多くいます。1~2年、人によっては10年、20年かけて社会復帰のための支援が必要となることがあります。
人間関係を再構築する場として、DVに関する勉強を重ねたスタッフがサポートにあたります。ランチ会や手作り工房、IT講師を招いたPC教室等の「居場所」事業やアサーション(対人関係を円滑にするためのコミュニケーションスキル)講座やサポートグループ等を実施しています。

次に、ステップハウス(DVシェルター)事業です。
これは、一人で、あるいは母子だけで自立していくための準備をするため、スタッフの支援や見守りがある住まいです。DVを逃れ公的な一時保護所等を利用した後に利用でき、GEMではスタッフの一人が所有するマンションの一室を提供しています。

そのほか、相談事業ステップハウス入居者の同行支援等も実施しています。また、DVを経験した女性のためのサポートグループをよりよく実施するためのファシリテーター養成講座や、地域の方への啓発事業として、一般向けのDVや男女平等に関する講座、「DV根絶パネル」を使った展示会なども行っています。


ほかの生活支援とは異なるDV被害特有の生きづらさ

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――お話を伺っていると、DV被害女性の孤独な様子が見えてきます。それほどまでに心身にダメージを受けてしまうDV。どんなご相談が寄せられていますか?

友人や親戚に会う等の行動を制限される、生活費を渡されないのに「働くな」と言われる、「こんなに怒らせるお前が悪いんだ」と自分勝手な暴力を責任転嫁される、「お前なんか何もできない」「お前は何をしても無駄だ」などと人格を否定され侮辱を繰り返される、といった相談を受けています。

人として尊重されない言葉を毎日投げかけられていると、言われている側も「自分が悪いんじゃないか」と思ってしまいます。自尊心や自己肯定感が低下してしまうのです
外出なども自由にできなくされてしまうので、それまで築いてきた人脈が徐々に断ち切られ孤立していきます。何か言っても否定されることが多く人との会話に自信がもてなくなる傾向があるのです。DVの事実を家庭の外で話すことは難しく、家庭の中は密室となり外部からは分かりづらいので、それが状況の悪化に拍車をかけています。

また、DVから避難後、一人あるいは母子のみで生活するとなると、経済的自立が難しく、生活保護利用者となることも少なくありません。日本の女性は、子どもを出産後、仕事を辞めて専業主婦になる方やパートの仕事に就いている方が多いためです。
そのため福祉事務所で申請を行う必要がありますが、職員とうまく話ができない方も少なくありません。電車の中等で男性が隣に来るだけで震えてしまう方もいます。DV被害者は、加害者との支配関係に長年おかれたことで自分の話したいことをきちんと伝えられなくなってしまうのです。

――これまでさまざまな支援団体の方から、「状況的に生活保護申請が必要でも申請に二の足を踏む方が多い」というお話を頻繁に伺っていました。DV被害者の方は、申請にハードルを感じるだけでなく、人に自分の意思を伝える難しさも持ちあわせているのですね。

先ほどお話しした「中長期の生活再建支援」として行っている居場所事業やサポートグループは、まさにこうした「自分の気持ちを話す」「人との関係性をつくる」「自分の話すことを聞いてもらえる」ことを通じて、「社会性を取り戻していく」ことが目的です。手作り工房や食事づくりなどを開催する、個別に就職のための面接の練習をするなど、自立して生活していくためのお手伝いをしています。


DVシェルターの運営の課題は圧倒的な「物件の少なさ」

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――DVシェルターの事業について聞かせてください。運営状況やどのように利用されているのでしょうか。

現状、スタッフが所有するマンションの一室を、母子の一家族か単身女性に提供しています。原則6ヶ月の利用ですが、利用者の次の住まいが決まるまでは使っていただいています。自分たちで生活ができるようになる準備期間ですので、スタッフが週1~2回訪問しています。
離婚調停や婚姻費用請求といった法的手続きや、通院や美容院などの生活一般について相談に乗る・同行する、外国籍の方の場合は通訳を手配するなどをお手伝いしています。

――DVシェルターに入居したい場合、どういった手続きが必要になりますか?

今お住まいの区(市)の福祉事務所などにDV被害者支援の部署がありますので、そちらで相談いただくと、必要な施設を提案してくれます
公的施設では、中学生以上の男子が母親と一緒に入居できない、DV防止法では配偶者か同居人(事実婚)からの暴力に限定されるといった枠組みがあり、親や兄弟からの暴力による入所が難しいケースもあります。民間団体の特徴として公的施設と異なるのは、そうした場合にも対応できることです。
福祉事務所の担当者(婦人相談員や母子自立支援員など)がGEMをご存じであれば、団体に連絡があるという流れです。
福祉事務所を通していただくことで、私たちもどのような方か事前に把握することができます。経済的に厳しい方の場合は生活保護利用の手続き、特に医療を受ける場合には必要ですので、最寄りの福祉事務所に行っていただくことが支援の始まりになると思います。


――DVシェルターを運営する上で難しさを感じることは何でしょうか?

何より、部屋数が1室と少ない点です。行政からは部屋をもう1室だけでも増やしてほしいと言われているのですが、利用可能な物件の情報がありません。例えば「1年間は使わない部屋がある」という情報があって、その期間だけ貸していただけるといったことがあれば助かるかもしれません。
地域に空き家はたくさんあるように思いますので、行政のほうがもっと積極的に動いてほしいと思っています。

――シェルターとなる場所を増やしたいけれど、うまくつなぐ役回りがいない状況なのですね。

そうですね。
支援団体の誰かが所有している部屋を使わせてもらったり、オーナーさんが善意で貸してくださったりという場合がほとんどのようです。一般的に女性団体は本当に資金がなく、メンバーのボランティアによる草の根で運営しているんですよ。ただ、こうしたやり方は長く続かないので、GEMではメンバー間で意見を出し合って、よいアイデアがないかいつも考えています。


支援を通じた変化は最初に子どもに現れる

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――実際にGEMの活動に参加された方やDVシェルターを利用された方からはどんなお声が届いていますか?

有志でキャンプに行ったことがあったのですが、みなさんいい笑顔でした。これまで、お母さんもお子さんも家族でキャンプに行くという経験をすることが少なかったのではないかと思います。このような活動を通じて、特にお子さんの変化は早いように感じています。
他団体が実施する親子回復プログラムでも、子どもの変化は早いと聞いたことがあります。

子どもたちと森 (2)

《親子キャンプで、伐採体験のあと森の生き物のお話を聴く子どもたち》

居場所に集う利用者の方たちからは、「一人ではないと思えた、安心感が持てた」、「外出することに自信が持てた」「自分の経験は辛いものだったが、誰かの役に立つと思う」「親子関係を相談して子どもとの関係に変化があった」などの言葉をもらっています。
しどろもどろで自分の思いを伝えられなかったのに、アサーション講座を通して伝えられるようになった方もいます。ずっと家にこもっていた方は、「誰かと会えると思うと、外に出てこられる」とおっしゃっていました。

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《子どもたちと作った紙粘土の動物》

――お子さんのほうが変化が早いというのは、環境への順応も早くて敏感だからなのでしょうね。

そうかもしれませんね。GEMの最初のステップハウスは他団体と連携して運営していましたが、その報告書に子どもたちの様子も記しています。
「スタッフルームに来て宿題をしたり、お絵かきや工作をしたりするうちに、子どもたちはポツリポツリと『コップを投げたらママにぶつかったのにパパは謝らなかった』『お父さんはお母さんと私を外に出して鍵をしめた。すごく寒かった』『ママが昨日泣いてた』などと突然話し出すことがあった」と。
DVのある家庭の子どもは、心の中に話したいことをたくさん抱えていても、人に話してはいけないと思っていたり、安心して話せる場がなかったりするのです

それから、親子の相互関係があると思っています。お母さんが明るくなることで子どもも明るくなる。また、お母さんは子どものことが気になるから、子どもが自分のことを生き生きと話すようになることで、お母さんも元気になるということがあると思います。


NPO法人GEMとして今後取組んでいきたいこと

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――現状いろいろなことに取組まれていらっしゃいますが、この先に見据えている課題はありますか?

まずはメンバーが高齢化しているため、若い方を巻き込んでいきたいという思いがあります。次に、居場所の利用者が固定化してきていることが気になっています。今使っている場が狭いので、公的施設などを活用して利用者を広げていきたいと考えています。

加えて、これまで2005年から必要に応じて活動を続けてきたのですが、それぞれの事業を振り返る作業を実施し、よりよい事業ができるよう協議を進めています。GEMという組織にとって何が強みで何を深めていくのか、GEMらしい支援とは何かを話し合い、活動を充実させていきたいです。企業の方とも連携しながら、安定的に運営ができるようにもしたいですね。


DV根絶・男女平等のためには女性が自立できる社会を

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――お話を通して、DVを減らすには、女性の社会進出の場や機会がもっとあるといいのでは、と感じました。柴田さんが思う、女性の生きづらさを今後改善するためのビジョンは何かありますか?

DV被害の女性が子どもを連れてでも早い段階で社会に復帰して生活ができる、経済的に自立できる社会づくりが必要だと思います。日本では固定的性別役割分業意識が強いので、女性は経済的自立、男性は生活自立をより図れるようになるとよいと思います。日本ではそれらがまだ十分ではないと感じます。

日本ではまた、約半数の働く女性が、第一子出産で仕事を辞めています。
一度正社員を辞めてしまうと、次に就くのは非正規しかなくなってしまう状況があります。つまり雇用条件が悪くなり、職場の意思決定の場にも入れません。
自分のキャリアも大切にしつつ、家庭も大切にする。その両立が難しいですよね。女性、男性ということでなく、職場、家庭、地域のことがご自身のバランスでうまくできる社会になるといいなと思います


おわりに

世界経済フォーラムによる男女格差の世界ランキングでは、日本は120位と発表されています。それでも不平等を感じていない女性が少なからずいるというのは、今置かれている状態が「当たり前」という感覚と人権に対する意識の低さが生じさせているのではないか。また、人々が意識できていない「アンコンシャス・バイアス」(無意識の偏見)の課題もある、というお話もありました。国や自治体は最近このアンコンシャス・バイアスに取組み始めており、柴田さんは、その成果が出てくることを期待していると話していました。
社会の最小単位でもある家庭は、社会の縮図。主従関係ではなく互いに相手を尊重する関係がさらに定着すれば、家庭内を、ひいては世の中全体を変えていけるかもしれません。


プロフィール

柴田様プロフィール

柴田美代子(しばた・みよこ)
1959年生まれ、三重県出身。大学卒業後、就職、育休を経て専業主婦となった折、子どものために自然を残す市民活動に参加し当事者性の大切さに気づく。それを起点に、お茶の水女子大学院で「DV防止法の制定過程における女性NGOの役割」を修士論文のテーマとして被害者視点での立法を研究。研究を機に、公益財団法人東京YWCAで会員として、まだ周囲の偏見が強い中、DV被害者の直接支援や女性の人権委員会で活動し、その後GEM創設から活動に携わる。現在は、都の東京ウィメンズプラザで主任専門員として勤務する傍ら、全国女性会館協議会の常任理事、2021年6月よりGEM理事長として女性の活躍推進に尽力する。


▼特定非営利活動法人男女平等参画推進みなと


▼GEM主催講演会『相談からきこえてくる女性たちの静かな叫び ~コロナ禍 いまも増えているDV~』
日 時:2022年3月5日(土)午後 1 時30分~3時30分
会 場:港区立男女平等参画センター(リーブラ)2階 学習室A
講 師:大石由美子 (おおいしゆみこ)さん
参加費:無料/要事前申し込み(※コロナ感染状況によってオンライン配信に変更する場合があります)
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