吾輩ハ猫ヲ好ク

 我家にはペットといふものがゐた例が殆どない。犬猫は皆無で、祭の屋台で掬つた金魚が何年か水槽の中で泳いでゐたとか、かぶと蟲だのくはがた蟲だのが観察箱の中で這ひ廻つてゐたくらゐである。
 猫がゐたのは祖父の家で、物心ついた頃から、祖母がいよいよ老いて猫どころではなくなる頃まで、ずつと飼うてゐた。ペット屋で買うて来たといふ話は聞かない。どこかで貰つてきたとか、従弟が野良を餌付けしたのを引き取つたとか、さういふ加減の猫ばかりである。
 祖父の家に行つても、大概の場合猫が家の中にゐた例がない。山の中に分け入つた田舎のことだから、勝手に外で遊び回つてゐる。そして、夕刻になると、母屋の脇の小屋に餌を入れる皿があつて、そこに祖父母が餌を入れてやるから、食ひに帰つて来る。
 庭にゐるのを見掛けて、遊んでやらうと思つて近づくと、大抵逃げる。吾輩に捕まつたら最後、首根つこをつかまれて宙ぶらりんにされて、最後は上手く着地するところを見るために放り投げられるのだから、猫にしてみれば堪つたものではなかつたらう。逃げて当然ではある。尤も、吾輩とて、猫を宙ぶらりんにしてばかりゐた訣ではない。頭を撫でたり背を丸めてゐるのを撫でたりだつてしてゐた。ちやんと可愛がつたつもりである。
 大学の寮にゐた頃は、他の寮生が餌付けをするものだから、寮の周りに野良が沢山ゐた。ベランダのところまで来て、ニャーニャー鳴く。窓を開けたら入つて来るだらう。しかし、流石に無責任に餌付けするつもりも、まともに飼ふつもりもないから、困つたなあとだけ思つて見てゐるだけであつた。もう少しは愛想良くしてやつても良かつたのか知らんと思つても、もう遅い。残念。
 最近猫と遊んでゐないから、どこかに恰度良いのがゐないかしらんと思ひつつ、文を書き散らしたまま、筆を擱く。

(初出: 『猫と正かなづかひの同人誌』編:野嵜健秀、書肆言葉言葉言葉 平成23年12月)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?