取り留めのない烏賊の話

 烏賊の近縁に蛸といふ生き物がゐる。烏賊は十足で蛸は八足で、頭の形が違つて見える、といふのが人間から見たときの違ひである。當の烏賊や蛸がどう思つてゐるのかは分らない。
 蛸焼きが丸い形をした食べ物であることは日本中で知られるやうになつてゐると思つてゐるが、烏賊焼きについての認識はどうなのだらう。上方で烏賊焼きといへば、クレープみたく薄い生地の中に烏賊の切つたのが入つてゐる食べ物で、所謂粉物の一つである。烏賊だけ焼いたものは姿焼きとか呼ばなければならない。ただ、余所に行くとこの辺りの事情がどうなるのか良く知らない。
 粉物が出て来た序でにお好み焼きの具の話をしよう。大阪で大抵どこでもメニューに上がる一つに烏賊がある。後、豚と海老も大抵ある。他にも具を用意してゐる店も多いが、この三つがないといふのは聞いたことがない。最近はあまり食べに行く機会もなくなつたが、大学院で会社員になつてからよりも忙しくしてゐた頃は、学生相手の店に良く食べに行つてゐた。あれこれ考へるのが面倒なので、烏賊、豚、海老三種を入れた「ミックス」を頼むことが多かつたやうな気がする。……とこれ以上この話を続けると、烏賊の話ではなくなつて了ふので、そろそろ止める。

 烏賊の食べ方としては、おつくりにする、焼く、煮る、干したのを炙る、塩辛にする、などがある。酒のあてにするのに良いものである。
 外国人が烏賊のつくりを食べた感想にゴムを嚙んでゐるみたいといふものがあるやうに聞いたが、一体どんな粗惡なのを食はされたのかと思つて了ふ。確かになかなか嚙み切れないことは認めよう。しかし、甘味を伴つた良い味がするではないか。醤油と山葵を加へれば絶妙と言へる。美味しいお酒があればなほ良い。ゴムをしがんでも絶対にさういふ気分にはなるまい。まあ、外国人にも色々ゐるから、烏賊墨パスタみたいのを食べるイタリア人とかに食はせたら別の答へが返つて来るのかも知れないけれども。
 大きい烏賊は切つて料理することが多いが、螢烏賊みたいなのは姿そのままで食べるものである。あれも美味い。

 何だか食べる話ばかり書いてゐるが、烏賊を水槽に入れて飼つたことも烏賊釣りをしたこともイカ娘と遊んだこともないのだから仕方ない。つまるところ烏賊とは食材としてしか接したことがないのである。否、水族館で泳ぐ烏賊なら見た氣もするのだが、てんで印象に殘つてゐないので話にならない。

 といつた所で、落ちらしい落ちもなく話を終へる。

(初出: 『イカと正かなづかひの同人誌』編:野嵜健秀、書肆言葉言葉言葉 平成24年8月)

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