編集者は雑用係である

私は現在、版元(いわゆる出版社)の編集者をしているが、前の会社は編集プロダクションだった。編集プロダクションは版元の下請けみたいな感じと考えていただければまあ間違いではない。

そこの社長は怒りくるってベランダからイスを投げ落としたり、同じ役員とケンカしてガチで警察を事務所に呼んだり、仕事中に酒を飲んだり、インターネットから写真を盗用することを部下に指示したり、午後になると堂々と昼寝を始めたりする破天荒な人物で、人間的にはとても尊敬できない反面教師ではあった。だが、頭の回転は速いし、機転は利くし、ピンチになればなるほど馬鹿力を発揮するような人物でもあったので、学ぶところも多かった。私の編集者としての仕事の土台は、この社長の参考にしてもよい部分だけを吸収して出来上がっているといっても過言ではない。

さて、そのなかでその社長が語ったのが「編集者とは雑用係である」という言葉である。これはどちらかというと、「編集者」という言葉になにかしらカコイイイメージを抱いて入社してくる若人に現実を叩きつけるための説明でもある。

たしかに、ドラマなどを見ていると、編集者というのはなんかカッコよさげだ。著名人と知り合いで、喫茶店で打ち合わせをして、自分でどうやって働くのか個人の裁量が大きそうだ。しかし、実際のところ、編集者というのはかなり泥臭い仕事であり、気苦労が多い。とくに、版元の下っ端である編集プロダクションの編集者は、まさに本作りにかかわることなら「なんでもやる」仕事だった。

たとえば、雑誌のある記事を作る場合を考えてみよう。最近は予算が少なくてライターやカメラマンを使う余裕がないときもある。その場合、自らインタビューして写真を撮り、ICレコーダーの文字起しをして、自分で追加の資料を集めてそれらを元に原稿を書く。書き終わったら自分でデザインラフを引いて、エクセルでグラフを作ったり図案を書いたりする。イラストを使いたいとクライアントから発注があった場合は、さすがにそれは自分では書けないので、知り合いのイラストレーターに発注するのだが、どんなイラストにするかのイメージをしっかり伝えなければならない。ページができたらそれをインタビュアーに見せて原稿内容をチェックしてもらいつつ、文字量の調整やデザインの修正をしなければならない。下手すれば、これらの作業を3日くらいで終わらせなければならないことがある。

ほかにも、私がこれまでに経験した仕事としては次のようなものがある。

●下北沢のさまざまな飲食店を取材するため、1日に10店舗ほど回った。ただし、写真を撮るのは日が暮れるまでにすべて終わらせなければならない。そのため、各店舗の取材可能時間と場所を考えて当日の取材ルートを考える。着いてから料理を作ってもらっていては間に合わないので、「○時にいきます」と伝えてその時間ちょうどに料理を作ってもらい、手早く必要な質問だけをして15分ほどで切り上げ、すぐにカメラマンを引き連れて次の店舗に向かう。

●「街頭インタビューページ」を作りたいという要請を受け、街頭インタビューを実施。アンケート文を作ってプリントアウトし、六本木の街中に立って道ゆく人に声をかけまくる。当然、多くの人は無視するので、根気よく続けることが大事。おじいちゃんおばあちゃんは立ち止まってくれることが多いのだが、アンケートの性質上、できるだけ対象をばらけさせなければならないので、なかなか止まってくれない若い女性にも果敢にアタックする。恥ずかしがっていたら負け。

●電車の本を作っていたときのこと。各鉄道会社から写真を借りなければならないのだが、いろいろな都合でスケジュールが大幅に狂い、ある鉄道会社(X社)の担当者Yさんが大激怒。Yさんは社内に根回しして苦労しながら写真を手配してくれていたので、「写真は提供しない!」の一点張りだった。電話じゃ埒が明かないので、即座にX社の本社に出向いてYさんを呼び出す。最初は受付で断られるも、何度も粘ってようやくYさんが登場。土下座寸前まで謝り倒してなんとかYさんに許してもらい、無事に写真を提供してもらう。

●あるご高齢の人を監修者にしてムックを作ったときのこと。その人はパソコンを使えず、FAXしかないというので、しっかり内容を確認してもらうためには原稿を郵送するしかない。しかし、何度原稿を見せてもそのたびに大幅な変更を加えてくるため、一向に編集作業が終わらない。その都度バイク便を使う予算的な余裕もないので、私は原稿を手に片道一時間ほどかかるその人の家まで原稿を持って行き、翌日に受け取りに行くということを5回くらいは繰り返した。

●ある本を作っていたときのこと。文章量が多いのでライターにインタビュー&執筆を依頼していたのだが、締め切り間近になってライターが失踪。いそいでインタビューの録音データを元に原稿執筆を引継ぎ、夜を徹して原稿を書き上げる。そして、書き上げた原稿を翌朝社長に読んでもらい、ボロクソに叩かれてそのまま書き直しを続行。

●とある雑誌の記事で、ある会社のことについて重大な事実誤認が発売後に発覚(しかも、その会社のことをちょっと悪く書いていた)。当該の会社が版元にクレームをつけ、原因追求を命令される。結局、単純にその記事を書いたライターの勘違いだったが、当然ながらチェックを漏らした私にも原因があったのでライターを伴って当該企業へ赴き直接謝罪。土下座寸前まで謝り倒して、さんざん愚痴をいわれながらもなんとか裁判沙汰にはならずに済んだ。

●食品添加物の記事を作るために、コンビニのパンやジュースなどいろいろな食品を購入してひたすら写真撮影。ペットボトルはまだ撮影が簡単だが、スナック菓子やパンはビニールがテカるのでうまく商品名が写るように撮るのが難しく、腰を痛めながら室内で一日中撮影を続ける。さらに、返答してくれないのを承知で各メーカーに電話で取材。半分くらい先方の担当者にキレられながらもとりあえず言質をとる。

※※※

いやはや、いまさらながら思い返してみると、「よくこんな仕事してたなぁ」と、我ながらあきれてしまう。一時は、毎日誰かしらになにかを謝っていたような気がする。こうした仕事を3年くらい続けていたのだ。えらい!

そして、このときの経験は私の糧になっている気がする。いまは版元に移り、こうした雑用をしなくてもよくなったので、たとえどんなに忙しくなってきても「あのときの経験と比べればまだ全然ヨユーだな」と気楽に対処できるようになったのだ。いやはやしかし、こうした経験はやはり20代前半の若さがないとなかなかシンドイと思う。こうした仕事を50歳を越えても続けている当時の社長にはいまだに頭が上がらない。

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徒花

出版業界ヨモヤマ話

出版業界のあることないことを自身の経験を交えながら書きとめておくデッドスペース
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