わたしは針。



 星の流れる夜、淡いランプの光の下で。

 ときには明るい太陽の日差しのもとで。 

 それはゆっくりと紡がれてきた。

 いまは12歳のシンがわたしの主だ。

「シン、そうではない。もうひと色、ここに」

「……こう?」

 シンは黄色の糸を通し、麻の生地にそっと刺した。

「そう。それでいい」

 祖母のしわだらけの手が、そっと刺繍をなぞる。
 テントの中に、外を走り回る子どもたちの笑い声が響き渡っている。

 乾ききった大地と風。

 遊牧の民である。


「シン、お前はこの紋の意味を知っているのか?」

「うん。前にお母さんに聞いたよ。
 私たちの中にいる蛇のはなしでしょ」

「そうだとも。それは女の体にだけ住まう、女の神、女神なのだよ」
 祖母はシンの顔をみて笑った。


「その蛇はとても大切なんでしょう?」

「そうとも。砂漠の蛇には毒があるし、
 気をつけなくてはいけないね。

 だが、あの動きは見たことがあるだろう?

 らせんのように、絶え間ない波のように進む、あれだ。


 私たちの中にいる蛇も、同じ動きをする。
 それが、いのちのめぐりそのものなのだよ」
 

 シンは、針をもつ手を止めない祖母の顔をのぞき込んだ。


「その蛇がわたしたちを高みに導く。そして踊らせる。
 昼も、夜もだ。

 そうしてお前は生まれた。わたしもそうして生まれたのだよ」


 シンは刺繍にふれた。

「おばあちゃん、ここの波はどういう意味?」

 祖母はそっと顔のスカーフを巻き直しながら言った。


「このうねりは、世界のはじまりだ。
 女のからだは、女だからそうなるのではない。
 蛇が宿るからだに、女が宿るのだよ。

 それがうねりをもって立ち上がるとき、
 女は踊りはじめたのだ。
 そして、男を産んだ。
 
 それが世界のはじまりだといわれているのだよ」

 シンは聞きながらも
 その黒い瞳は祖母が糸を打つ指を、必死で追いかけている。
 

「そうして女がいのちを宿すとき、
 この蛇がお前を導いてくれる。
 だから安心して委ねればよい。
 自然のままにな。

 それ以外の余計なことは何もしなくていいのだよ」

 
 シンの祖母はそうっと彼女の頬をなでた。

「わかっておるな?」

「うん。 これはお父さんにもお兄ちゃんにも内緒でしょ」

「そうだとも」

 祖母は目を細め、シンのスカーフをやさしく巻き直した。


「さぁ、もう少ししたら水を汲みにいきなさい」

「はい、おばあちゃん」

 わたしは再びシンの手の中に戻り、麻につたないひと針を刺す。


 女の民の言語は、ことばにも文字にも残されはしない。


 唯一、この刺繍が織りなす神話が
 女だけが知ることを許された、
 まことしやかな、いのちの智慧。

 男たちが、それを一生手にすることはなく、
 ましてや気づくこともない。


 世界の理(ことわり)の秘密のひとつ。

 
 それがここに紡がれるものがたりである。

〔special thanks 青剣〕

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引き続き素敵な時間を♪
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【泣き虫あきこの人生大全】

ものがたり、エッセイ、短編小説、思考の粒チョコです。お好きな味をお食べください♡
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