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【予告編】 Adan #22

▶︎その場には文字通り姉の飼い犬・チャッキーもいたんだが、彼は僕のおかげで〈後ろ歩き〉という芸を覚えたようだった。

▶︎姉はたぶん漂白処理記号とかウエットクリーニング記号などに「バツ印」をつける仕事くらいしかできないと思う、そんな仕事があればの話だけど。

▶︎完璧主義者の作家が完璧主義者で居続けることに必死で作品の完成度など気にならない、といったそのようなひょうきんな作家の気持ちにはなれなかった。

▶︎車屋《くるまや》ぬ黒猫《クルーマヤー》

▶︎「この車はそのへんの高級車三台分の価値があります」と轟《とどろき》さんは言った。

▶︎僕は外装と同色のレザーベンチシートのその色に気分を害されていたから、彼の話が僕の耳穴を青信号で通過することはなかった。

▶︎頭の虹が消えてしまいそうなくらい、いや逆に頭の虹の色が増えてしまいそうなくらい、僕の頭とは一切馴染まない情報だった。大学で「九連のチャイニーズリングを340手で解く方法」という題目の講演を偉い人から聞かされたときと同じ感情を抱いた(この世に不可能はないという話だったようだが、僕にその話を理解させるのは不可能だったようだ)。

▶︎「僕には時間がないんだ! 神という見えない敵と戦ってくたくたになる欧米の誰かさんたちみたいに時間を浪費するわけにはいかない!」

▶︎「不可避である見える敵だけと戦っても、くたくたになるのは不可避ですよ、どうせ」

▶︎融通が利かない石頭というのはなぜか仕事ができる男たちのあいだで流行しているヘルメットのようなもの(本人たちは不安心から被っているのを自覚していない!)だが、僕はそのヘルメットの脱がせ方を承知している。

▶︎轟さんが操作方法まで説明したのは僕の口車に乗せられたからである。

▶︎「聖良のやつ、王子さまを見るような目で、はたまた、自分の牙が頭に向かって伸びるバビルサっていう死生観を我々に問う動物を見るような目で、荻堂さんに見惚れてましたね!」

▶︎「大きな牙を持ったバビルサのオスはメスにモテるらしいけど、それは己に対して厳しい牙を剥くという意識の高さの顕示に成功してるってことなんだよね。それに、わざわざ頭に向かって伸びなきゃいけないバビルサの『牙の気持ち』も、今なら分かってあげられるよ」

▶︎「『ありがとう』って言葉は『どういたしまして』って返事を強要する悪い言葉だからあまり使用したくないんだけど、ありがとう!」