松本人志が何をやってるのかって話

◾︎どういうお笑い?

千鳥ノブの常用ツッコミフレーズの1つに「どういうお笑い?」というのがある。

ロケ中、海や沼や釣り堀などの水辺があると必ずやるくだりだ。
水辺に近づいていったノブが「おい! ぜったい押すなよ!」と繰り返し喚くと、近づいていった大悟がノブを素通りして水に飛び込む。

ダチョウ倶楽部謹製の伝統的"お笑い"である「押すなよ」→「押せよ」の流れを期待させておいて、「押さない」というボケを担当するはずの大悟が「飛び込む」、という教科書にないボケに対するツッコミが「どういうお笑い?」だ。


◾︎どういうお笑いなんだっけ?

翻って考えると、こういう既存のお笑いの型を大悟が一度台無しにして、それをノブが不思議としっくり来る言葉選びで言い当てる流れ、これそのものが千鳥の"お笑い"なわけだ。

わけだけど、じゃあ他の芸人は「どういうお笑い」をやっているのか? というのを暇にあかせて考えてみようとしたら、最初の1歩でつまずいて右足全指突き指した。そう、僕の利き足は右だ。

つまずいたのは、最初は一番メジャーどころをと思ってまず1人目に松本人志を選んだからだ。そういえば彼のやっていることが「どういうお笑い」なのか、ドンと一言で表現するのは難しくて、しばらく考えるのをやめていた。

前振りが長くなったけれど、
先日の『水曜日のダウンタウン』で2018年のR-1チャンピオン・濱田祐太郎が発した「松ちゃん、見てる~?」という一言のことをぼんやり考えていたら、近年の松本人志がTVでやっていることが「どういうお笑い」なのかが少しわかってきた気がするという話を今から書く。


◾︎松ちゃん、見てる〜?

濱田祐太郎が出演した『水曜日のダウンタウン』の説(VTR)は「箱の中身はなんだろなゲーム、濱田祐太郎最強説」というものだ。盲者である濱田祐太郎は指先の感覚が優れているであろうという仮説に基づいたこの番組らしい剣呑な企画。

内容自体も本当におもしろい、しかもファニーとインタレスティング両方の意味でおもしろかったのだけれど、今回話をしたいのは企画の中身についてじゃなく、VTR開始直後に濱田祐太郎が放ったボケ、「松ちゃん、見てる~?」についてだ。

いまだにネタ見せ番組以外にはほぼ出演経験がないであろう若手も若手である濱田祐太郎が「松ちゃん」と大先輩を親しげな愛称で呼ぶことのおもしろを意図したであろうボケ。R-1決勝でも評価されていたさすがの肝の座りっぷりだ。

ただ、対する松本人志の返しはその何枚も上手だった。「その松ちゃんをお前は見たことないやろ」。電流が走ったように感動した。


◾︎お前は見たことないやろ

目が見えないのに「見てる~?」と発言したことを指摘するツッコミなわけだけれど、この瞬間までのスタジオの空気はどうしても「様子を伺いあっている」といったものだった。

目が見えない濱田祐太郎の"目が見えないこと"をいじる造りの企画だ。出演者各々どうコメントしたものかと、いやな汗のかきかたをする緊張感があったのは想像に難くない。

そこを瞬発力で踏み込んで、見えてない人に「見えてないやろ」とツッコんだことは、僕自身障害者の親族としていろんな種類の感動を覚える部分ではあるものの、これも実は今回の本題じゃない。違うんですよ。

本題は、このボケとツッコミの応酬を通して気づいた、松本人志は人がボケたのと別のところにツッコミを入れるということ。順を追って説明する。


◾︎ボケてないところへのツッコミ

このときの濱田祐太郎のボケの核は「松ちゃん」のほうで、「見てる~?」はあくまで定型文をなぞったにすぎないというか、「元気~?」でも「久しぶり~」でもいいわけだ。

そのボケの核「松ちゃん」を素通りして別のおもしろくできそうなところを見つけてツッコんで、ツッコむことによってその言葉をボケにする、それが松本人志が近年やっている"お笑い"なんじゃないかというのがこの文章で言いたいことで、このあとのくだりはどうにか話をキレイに着地させようと模索しながら書いたものだ。続ける。

繰り返し「近年の」と言っているのは、昔はそうじゃなかったんだろうと思うからだ。昔はその必要がなかったんじゃないかと。松本人志の漫才におけるパートはボケなわけだし。

今の彼のこうした"お笑い"は、今回の場合で言えばボケの核「松ちゃん」の部分へツッコむことが最近もうあんまりおもしろくないから培われたものじゃないだろうか。
つまり、「松ちゃん」の部分が"おもしろいこと"だということはみんなもうわかっているので、そこをわざわざツッコむのはおもしろくない。だから別の、みんなが気づいていないおもしろいところを探してツッコむ。


◾︎もうおもしろいはおもしろくない

ツッコミは元来"どこがボケなのか"をガイドする役割だ。そして、もうわかっていることをガイドされると人はイライラする。おもしろくない。
この松本人志のお笑いは、客が一通りのお笑いを知り、成熟したからこそ成立するもので、より実際の事情に則した言い方をするなら、客が成熟してしまったので、こうでもしないとおもしろくならないのだ。

さらに言えば、その成熟を促した主犯の1人が他でもない松本人志本人だろう。松本人志本人、逆から読んでも松本人志本人だ。

彼はコントで「荒唐無稽なもの」や「怒り」や「暴力」や「白け」を"お笑い"として表現してきた。俗に"シュール"と称される作風(原義とは異なる用法だが)で、これもまたまだおもしろいとされていないことをおもしろいことへ転じるスタイル。コントを作っていた頃から一貫しているのだ。
近年のボケたのと別のところにツッコミを入れる手法も、この基本姿勢あってこそ生まれたものと言える。

つまり、自分で育てた客に適応してさらにその上を行く手を考える、それに慣れた客はさらに育ち、以下命ある限り繰り返し、という、終わらないギリギリの求道をやっているのが彼のお笑い。


◾︎ありがてえ…!

ここまで考えた末最終的に思ったことは、「ありがてえ…!」に尽きる。
知らず知らず我々の認知は「すでにおもしろいことだとされていることはおもしろくない、もっとおもしろくないことをおもしろいことにしてくれ」というとんだわがままバディになってしまった。メッタメタのメタに進化してきたのだ。

この進化は心底恐ろしい面を秘めているのだけど、進化のさらに上手を取ってパフォーマンスを発揮してくれる人がいることのなんとありがたいことか。おかげで退屈しない。

でたぶん、これはお笑いだけに起こっていることじゃない。
音楽、スポーツ、映画、デザイン、あらゆるジャンルでこういうメタ化は起こっていて、どのジャンルでもその俯瞰のギリギリ1cm上に到達したパフォーマーが今の時代の新しい"おもしろいこと"を提供してくれている。ありがてえ…! ありがてえ…!
ここまで読みきった人さ、好きなこと何? 今日それにお金使ってから帰ろうよ。そうすればきっと明日もまたおもしろいから。

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ヒラギノ游ゴ

平成生まれのライター

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コメント3件

最後、おわり方すきです…!
面白く拝見しました。
以前ラジオか何かで聞いた話ですが、三四郎の小宮さんは、元々ボケを目指していたそうですが、サンドウィッチマンの漫才を見て衝撃を受けてこれからは「面白いツッコミの時代」だと思い、ツッコミに転向したそうです。
千鳥のノブさんやフットの後藤さんなどなど、いつの間にかお笑いの花形がボケからツッコミに移ったように感じています。
近年、「松本人志が衰えた、あるいは全盛期は過ぎた」と言われるのは、松本人志の生み出した笑いが大衆にとって馴染みのある存在なり過ぎて、ごっつええ感じ放送時などの目新しさ、衝撃が減ったのも大きな要因だとは思います。けれど、それと同じくらいに、松本人志自身がお笑い界の中であまりにも偉大な存在になり過ぎて、松本人志のボケに対して強烈なツッコミをかますことのできる芸人が、相方で対等な位置にある浜田くらいしかいなくなってしまい、松本人志の「ボケに対するツッコミによって生まれる笑い」というものが減ってしまったことも大きな要因だと思っています。この記事で、松本人志のやっているお笑いについて考察しているヒラギノ様は、僕のこの考えについてどう思うかお聞きしたくて稚拙ながら筆を取ってしまった次第です。長文失礼致しました。もしよければ(twitter:@Big_Cheese__)までお返事いただけたら幸いです。
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