狂戦士舞の海

ばーさーかーまいのうみ と読む。

これは奇をてらったみっともない釣りタイトルではない。
チーズが乳製品であるように、コナンが名探偵であるように、至極当たり前のこととして舞の海は狂戦士だ。
みんなあの人を勘違いしている。あの時代の大相撲を観ていた人にとっては周知の事実だろうが、あの人はただのほっこり街ぶらロケおじさんではない。現役時代の彼は殺気を纏ったダークヒーローだった。


まずなぜ舞の海の話をするかということに触れる。
昨日の晩、同い年の友達と25時から29時までぶっ通しで電話をしていた。
これまでやこれからの自分たちのことを話していく中で思い知ったのが、自分の価値観には”勝負の世界”式の思考力がものすごく希薄だということだ。
端的にいうと、体育会系的な価値観にものすごく疎い。僕は小中高の12年間通して帰宅部のエースだった。

話相手の友達は高校野球のピッチャーだった。
高校最後の試合直前に体を壊して登板できず、しばらく泣き明かして過ごしたという。
それと同時に、「でも自分が投げて負けてたら」と思うと安心する気持ちもあったとも言った。
そんな過酷な状況に追い込まれるようなことをなぜやっていたのかと訊くと、やっぱり自分が投げて勝つのは快感なんだよとも。

彼が何を言っているのか、正直ほとんどわからなくて、本当に悲しかった。もちろんそういう心理をシミュレーションすることはできるけれど、本当の意味では共感できないこと、自分に置き換えられるような経験をしてきていないこと、感情ののりしろがないことに愕然とした。
漠然としたコンプレックスとしてあった”勝ち負けの世界観”への疎さを思い知らされるようだった。
で、そこでその”勝ち負けの世界観”を自分に落とし込もうとしたとき、理想形の1つとして真っ先に思い浮かんだのが舞の海だったのだ。


話を狂戦士に戻す。
舞の海という力士はいわゆる小兵だ。
小兵ゆえの苦労に伴う美談を語る気はないが、小兵の土俵人生が過酷であることは確かだろう。
小兵が活路を見いだせる技の1つに「変化」と呼ばれるものがある。舞の海はこれがべらぼうにうまい。
これは「はっけよいのこった」の合図で通常は真正面からぶつかりにいくところを、横に回り込んだりかわしたりフェイントをかけたり、要は”真正面から行かないこと”だ。
ルール違反ではない。ただ、ある意味大相撲においてルール違反より立場を悪くする”顰蹙を買う”を引き起こしかねないものだ。
程度の低い者の技とされていて、横綱がこれをやったりしたら大問題になる。
このあたりのことは大相撲という世にも奇妙なインスタレーションが何百年単位で背負ってきているカルマだ。
改革に失敗し続けている大相撲で嫌われる技術が「変化」と呼ばれているのだ。事実による事実の風刺がキツすぎる。

そんな中狂戦士舞の海は、横綱、おそらくその1つ下の大関の地位を夢見ることさえも捨てて「変化」を磨き、ただ”勝てる勝負は何をしてでも勝ちにいく”という狂気じみた執念を滾らせていた。


YouTubeの検索窓に「舞の海_取組」とでも打ち込んでみてほしい。退屈はさせない。
何本か動画を観てまたこの記事に帰ってきたらここに書いてあることがわかる。
以下、観た前提で続けるが、読んでから観てもいいようには書いた。
続ける。

さて、ほっこり街ぶらロケおじさんになる以前の彼の姿を見て、どうだろう、引いてしまった人は少なくないんじゃないだろうか。
彼の相撲はああいう、端的に言えば喧嘩腰なのだ。
ぞっとするほどぞっとしない挑発的な態度で、取り口というより手口と呼びたい取組さえあるダーティさ、何より表情に悪意や敵意などでは片付けられない明確な殺意が満ち満ちている。

この一文は戯言だから読み飛ばしてくれていいのだけど、初見の僕には土俵の上の舞の海の口元が「殺す」の「す」を言った直後の口の形に見えたのだ。
1人の小学生がそういう幻影を捉えてしまうほどに彼の勝負にかける姿勢は恐ろしかった。


狂戦士舞の海を語る上で欠かせない大一番として語り継がれているものの1つに、平成8年の1月場所、当時の大関・小錦との取組がある。
体重差180kgを跳ね除けての勝利。
ただ、これを単なる体格に恵まれない小兵が努力の末に奇跡を成し遂げた美談として語るのはあまりに無粋だ。
もっと意地悪で愉快な後日談がある。

後年、あの大一番について両者にインタビューを行ったテレビ番組があった。
インタビューは舞の海と小錦とで別日に行われており、まずは舞の海、あの大一番の映像を観てそのあまりの体格差に「自分が可哀想過ぎる」と笑う。当時を振り返るようインタビュアーが促すと、しっかり笑いの間をとって「いや、恐怖しかないですよ」とおどける。

追って数日後に小錦、その舞の海のVTRを観て「嘘つけ!」と声を荒らげた。「テレビ向きのコメントだ。そういう奴なんだ!」と。

事情を知らない視聴者からしたら、小錦ってなんかこういう、急にわーって、わーってキレる感じのおじさんなんだ、いるよね、そういう感じなんだね、という風に見えたかもしれない。
ただ、彼の反応は極めて順当だ。さぞ胸糞悪かっただろう。完全に舞の海におちょくられているのだから。あの激昂は、理解されにくい苦しみを訴える被害者の悲痛な叫びだった。

狂戦士舞の海は、殺意満々で臨んだ、自分の技術と経験と知性すべての集大成である、まじりっけなし100%実力で実現したあの勝利を、言葉の上では被害者ぶって「怖かったなあ」で済ませられる。
鬼だ。
プライドはないのか、という話ではない。彼の”プライドの在り処はそこじゃない”のだ。
真っ向勝負での完敗をそんな雑な言葉で片付けられた小錦の屈辱を想像してみてほしい。鬼だ。
コメントでも上手を取ろうと、自分の方が格上だと思い知らせようとしている。勝ったのにまだ勝とうとしている。これを相撲では駄目押しという。
そんな風に底意地悪く、そしてその底のさらに下の地層を熱い狂気の美学のマグマが流れているのが狂戦士舞の海だ。


こういう勝利に向かっていく強い執念が、自分にはない。
僕は仕事でも趣味でも恋愛でもなんでも、状況が勝負の構図になってきたらすぐに土俵から下りる。僕はその土俵下でたこパを始める。たこパは最高だ。全員を幸せにする。
たこ焼きをつつきながら、勝負をふっかけてこようとした相手と少し酒を飲んで話す。
何が好きか訊く。「あれいいよなあ」と語り合う。僕はより多くの人と「あれいいよなあ」をやるために、共通の話題を増やすために多趣味をやっている。こうやって勝負以外のやり方でコミュニケーションしてきた。
ただそれはきっと、不戦敗をし続けていることでもあるのだ。いやわからないが、そういう負い目だけは確かにある。


最後に再び話を狂戦士に戻す。
朝青龍が品格についていろいろと言われていた頃の話だ。
問題行動が積み重なり引退が噂されはじめた朝青龍に、スポーツキャスターであった舞の海はある日「横綱、辞めないでくださいね」と声をかけた。
それに対し朝青龍は
「顔じゃないよ! 秀平!」
とがなった。
”顔じゃない”というのは角界の隠語で、身の程知らず、分不相応の意だ。
”お前は横綱の進退をどうこう言えるレベルにいない”と、年齢も業界歴も上の相手を呼び捨てにして痛罵したのだ。

それを受けての舞の海のコメントがこうだ。
「横綱に下の名前を覚えていただいていたようで、むしろ光栄」
こういうときに言うのだ、「待ってました」と 。
狂戦士舞の海のファンたちは思わずニヤリとし、また胸が熱くなったはずだ。
まだこの人戦ってるよと。またこの人勝とうとしてるよと。
この負けん気の強さからくる粋さ、やっぱりたこパでは養えないのだ。僕ももう少し勝負してみてもいいかもな、と思わされる。


わかりやすい言い回しはときに話を陳腐化させる。
ここまでどうにか一度も「ハングリー精神」という言葉に頼らず書ききれてよかった。
小兵について書くときにハングリー精神という言葉を使うのはじゃがバターを食べてホクホクですと食レポするのとちょうど同じくらい浅い。美しくない。
絶対に使いたくなかった。使わないことで彼をよりよく描写して、彼への敬意を示したかった。
こういう他人と共有できない偏った美意識で毎日無意味にギリギリの勝負をしているのは、ある意味ちょっと狂戦士っぽいのかもしれない。

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