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私の純猥談 短編「雨の香り」

雨の香りが、鼻を刺す。
もうすぐ季節が変わる様だ。
時間の感覚があまりないのは、最近の激務のせいだろうか。
こんな日は、否応なしに思い出してしまう。
ふと、昔の匂いが蘇って記憶も鮮明になる。
どうやら、人間は香りで記憶するというのは
あながち間違ってはいない様だ。

雨の日は、必ず呼ばれた。
それが嫌だった事はない。
むしろ、雨が降れば彼に会える。
そんな約束もない約束事が、二人の暗黙の了解のようで好きだった。
見慣れた部屋、くたびれたスニーカー、煙草の灰でいっぱいになる灰皿。
そして、お気に入りの香水。
抱き締められながら、香る彼の香水は「XXXX。」
吐いては繰り返す、行き場のない呼吸が胸を付く。
疲れて眠る私に、彼が優しかった事はない。
それでも、好きだった。
繋がっていたかった。
私の気持ちなんてお構いなしに、
また転ばされる。
私に優しくない彼が、大好きだった。

いつの日か、雨の日に呼ばれる事は無くなった。
私が大人になったのか、
彼が大人になったのか。
もう戻らない。

「懐かしい、香水の香りだ」
煙草の匂いもしない、
私はもう彼を思い出さなくなった。
それでも、雨が降ると切なくなるんだ。

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