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ブラック企業と戦うための CDS の作り方

冒険家の皆さん、今日も奴隷商人の船を追って大海原を航海していますか?

さて、 このブログでは昨年の12月16日に「ブラック企業と戦うための行動リスト」という資料を共有しました。これはブラック企業に就職してしまった外国人労働者が自分の正当な権利を守るために必要な行動をリスト化したもので、この行動リストを日本語の授業に落とし込めば、少なくともいくつかの現場ではこれらの問題が解決できると期待したからです。その時のブログでは以下のように書きました。

なお、これらの行動は、要求される日本語のレベルが非常に多様だということにすぐに気づかれるのではないかと思います。実際のコースデザインでは、これらの行動に「あらかじめ準備をすることができれば」などの条件をつけたりして、レベルを一定に調整します。これらは能力記述文とかキャンドゥステートメントとかディスクリプターとか呼ばれて、 行動中心アプローチのコースでは授業の目標や評価の基準として、何度も使われます。文型シラバスでいう文型のようなものです。
ある程度力のある日本語教師にとっては、 やるべき行動さえはっきりしていれば、その行動リストから能力記述文を書いたり、それをもとにコースデザインすることは難しくないと思います。簡単に言うと、普通の日本語教師にとってはブラック企業と戦う時に何をすればいいかが分からないので、それを日本語の教材にしたり、コースを開発したりすることができないわけですよね。僕がこれらの行動リストを作ってみたのは、その部分をクリアしたかったからです。

その後、この一年の間にも、多くの外国人労働者がブラック企業に搾取されて 悲惨な体験をしていることが何度も新聞記事などで報道されました。厚生労働省が全国約6000の事業所を対象に行なった調査では、その7割以上の事業所が労働基準法などに違反していたということもわかりました。これは3人以上の技能実習生がいたら、99%以上の確率でそのうちの一人は労働基準法に反した職場で働くことになるということを意味しています。技能実習生に教えている日本語教師は、皆さんの目の前にいる学習者が揃ってまともな職場に行く可能性はまずないと認識した方が良さそうです。そしてもちろん、このような現状に対して多くの日本語教育関係者が怒りの声をあげています。

その一方で、日本語教育関係者が実際に目の前の学習者に対してブラック企業に対抗できるだけの力を与えているのかと言うと、どうもあまり反応がよくありません。始めから搾取する側に立って意図的にブラック企業が使いやすい人材を育てているような人は論外ですが、もしかしたら上で引用した、実際の授業に落とし込む方法がわからない先生方も少なくないのではないかと思いまして、今日は、上で引用した部分をもう少し詳しく書いてみたいと思います。

まず、僕が共有した行動リストは、 何度も書いているように授業ですぐに使えるCDS(Can Do Statement)とかディスクリプターとか呼ばれているものではありません。これらの一つ一つの行動をCDSにするにはいくつかの方法があります。

その中でも有名なものは国際交流基金の JF 日本語教育スタンダードだと思いますが、ここではほとんどのCDS は以下の四つの要素で構成されています。

1.条件
2.対象
3.話題・場面
4.行動

例えば、 JF 日本語教育スタンダードのA1のCDSの一つである以下の例を見てみましょう。

「海岸でのゴミ拾いのボランティアをしているとき、実際にやり方を示しながらゆっくりとはっきりと話されれば、リーダーのごく簡単な指示を聞いて、理解することができる。」

このCDSを上記の四つの要素に分解してみると、以下のようになります。

1.条件
「実際にやり方を示しながらゆっくりとはっきりと話されれば」

2.対象(内容)
「リーダーのごく簡単な指示」

3.話題・場面
「海岸でのゴミ拾いのボランティアをしているとき」

4.行動
「聞いて、理解することができる」

このような四つの要素があれば、行動の記述をCDSにすることができます。

ただし、海岸でのゴミ拾いのボランティアを経験したことがない教師がすぐに授業に落とし込むには、まだちょっと抽象的です。僕自身もゴミ拾いの経験がないので、ボランティアのリーダーがどんな指示をするのかよく分からないのです。しかし、このあたりはたぶんウェブを検索するなどすれば分かるでしょう。以下は想像ですが、こんな指示があるかもしれません。

1.ゴミ袋や軍手やトング(ゴミばさみ?)などの道具の受け取り方
2.集めるゴミとそうでないものの区別
3.いっぱいになったゴミ袋の集積方法
4.軍手などの道具の返却方法(自分で洗濯してから返却とか?)

こうしたリーダーの指示内容が想定できれば、どんな言葉を教えて、どんな活動をすればいいかもわかりますよね。つまり、すぐに授業で使うことができるようになります。

【行動をCDSにする】

しかし、CDSなどをあまりご覧になったことがない人は、 これらの行動をレベルの揃ったCDSにするのは難しいかもしれません。そういった皆さんのために、各レベルの CDS でどのような表現が特徴的に見られるかをリストにしてみました。これも国際交流基金の JF 日本語教育スタンダードを参考にしています。
【各レベルのCDSの特徴的な表現】
https://docs.google.com/document/d/1_kVCz-n1Z86Txz9tTAVwCKkQvu-aLT-ZmfFuXz5ZOdQ/edit?usp=sharing
ここでは A 1の部分だけ引用してみます。

簡単な言葉で
簡単な定型表現で
暗記した短い簡単な定型表現で
あらかじめ準備した短い
短い簡単な文で
モデル文があれば
自分に向かってゆっくりとはっきり話されれば
ごく簡単な指示を
短い簡単なメモ
定型の簡単なメッセージ
ごく基本的な情報
ごく簡単な日本語
ごく簡単な文
いくつかの情報を理解
辞書を使うことができれば
生活の中でよく見かける
非常に短い表示
写真を見せ合いながら
基本的な挨拶
簡単な感想
短い簡単な言葉
具体的で基本的な事務作業
実物を指差して
実際にやり方を示しながら
地図やメモなどの視覚的な補助を利用しながら
まわりの騒音が少なく
ゆっくりとはっきり簡潔に話されれば
覚えた表現を使って
短い簡単な言葉で
ごく基本的な質問
自分の国、自分の名前を


このように見てみると、CDSの四つの要素のうち、「対象(内容)」を修飾する表現と、「条件」にあたるものが多いことに気がつくのではないかと思います。

なお、これらの表現があれば必ずA1レベルになるというわけではありません。例えば僕は少なくともA1よりはマシな英語を使っていると思いますが、先日も同僚の引退のお祝いメールを書いたときには、何を書けばいいかわからなかったので、ネット上の例文集を参考にしました。そもそも「引退ってそんなにめでたいものなのか」というところから知りませんでしたし(^^) これは上記の表現リストの中の「モデル文があれば」に該当するわけですが、このように対象(内容)などのほかの要素との組み合わせによってはA1レベルではない場合もあります。

行動をCDSに変えてみよう

それでは実際に、ブラック企業と戦うための行動リストに書いてある行動を、 CDS にする例を見てみましょう。 どの行動でもいいのですが、ここでは「退職届を書く」をA1レベルのCDSにすることを考えてみましょう。

A1レベルでは自分の力だけで退職届を書くのは難しすぎますから、条件として「モデル文があれば」と「ごく簡単な言葉で」を入れてみましょう。この「条件」が先ほど申し上げた4つの要素のうちの一つ目です。

2番目の「対象」としてはもちろん退職届ですね。

3番目の「話題・場面」に関しては特に特定しなくてもいいかもしれませんが、EPA や技能実習では転職するという選択肢がないので、誤解を防ぐために「特定技能のビザで日本のブラック企業に就職してしまった時」としてみましょう。

4番目の「行動」は 退職届の使い方ですが、基本的には「書く」「出す」「送る」「準備する」などでいいのではないかと思います。 ここでは「書く」にしておきましょう。

そうすると最終的に「特定技能のビザで日本のブラック企業に就職してしまった時、モデル文があれば、ごく簡単な言葉で、退職届を書くことができる」というCDSができるわけです。

ここまで来ればどのような授業をすればいいのかが見えてくるのではないかと思いますが、今日は時間になってしまいましたので、ここまでにしたいと思います。

そして冒険は続く。

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【参考資料】
むらログ: ブラック企業と戦うための行動リスト(最終版) http://mongolia.seesaa.net/article/463242497.html

法令違反が7割超、ブラック企業を次々に生み出す技能実習制度の構造(望月 優大) | 現代ビジネス | 講談社(1/7) https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65550

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