209.知らない駅に行こう

彼の体調も良くなり、もともと約束をしていた平日の夜に会えた。
その2日前にも職場で顔を合わせていたけど、私は午後には自分のオフィスに移動してしまったので、仕事のことで少ししか話せなかった。
あとで、
「普通に話せないですね。マイさんは好き好き光線だすし…」とメールで苦言?が。
私は普通に話してたつもりだったけど。どうも全身から何かの光線が出ていたようで、気をつけなければと思った。
(自分で"好き好き光線"とか言って、違ったらどーすんだ。いや、大好きだけどさぁ。)

盛大な焦らし?を経て、やっと会うことができた。前日に彼が適当に決めた駅で待ち合わせ。
「これからの夜デートは、お互い一度も行ったことのない駅にしましょう」
彼はそう言って、Googleマップでたまたま目についた駅を指定してきたのだった。

その駅の近くにはお寺があったので行ってみたけど、閉門時間をとっくに過ぎていてお寺の中は真っ暗だった。
それでも「○○寺に来ました」とわかるように彼がツーショットを撮ろうと内カメラに切り替えたけど、真っ暗すぎて肝心の寺は映らず。数分で寺デート終了。

その後はとりあえず夕飯を…と少し歩いたけど、駅の周りはお店も少なく、選択肢はほとんどない中で見つけた大衆居酒屋に入った。中は全席喫煙可で客層も仕事帰りのおじさんばかり、カップルがデートで来るような店ではなかった。
デートには不向きそうなお店にも、彼は平気で入っていく。私の夫なら絶対にデート向きなお店を事前にリサーチして決めてから行くだろうけど、私はそれほど嬉しいと思わない。
その日に、その時の雰囲気・気分で決めるほうが良いこともある。これまで彼とはそうやって事前に調べもせずに2人でお店にフラッと入って失敗したことのほうが多いかもしれない。でもそういうのも良い思い出。

その後、少し歩いたところに違う駅があるので、そちらへ向かった。まだ新しい駅だからか、駅に連結するビルや周辺道路は工事中で、人もまばらだった。

改札を入ると開けたデッキのようになっていて、ベンチがそこかしこにある。全面ガラス張りの大きな窓から別の路線の電車が通るのが一望できた。そして、やはり人が数人しか見当たらない。
2人で探検しながら歩いていると、ふと立ち止まってそっと彼がキスをしてきた、と思ったら寸止め。
周りを見渡しても人はいないのに。
「え、しないんですか?」と私が言うと、
「しないです」と言うから、私から唇を近づけた。
声を聞きたかった、会いたかった、手を繋ぎたかった、キスしたかった。会えなかった間の想いが一瞬で溢れてくるようだった。

「次はどこの駅に行きますかねー?」
駅がランダムで出てくるサイトでボタンを押すと、色んな駅名が出てくる。
お互いどちらかが行ったことがある駅は外し、あまりに遠すぎる駅も外し…。
なかなか決まらない。

そんなことをしているうちに、窓から見える遠くの空に稲光が一瞬見えた。
今のは雷か?さっき駅まで歩いた時は星も見えたのに。
と思ったら、みるみるうちに稲光と雷鳴が大きくなり、バケツを返したような雨が降ってきて、雷鳴と天井を打ち付ける雨の音が響き渡り、会話もままならないほどの轟音だった。
ここまで激しい雷雨はなかなか珍しい。駅の周りを長い時間ほっつき歩かなくて良かった。

私が立ったまま呆気に取られて窓の外を見ていると、後ろから急に抱きしめられた。そんなことをされたのは初めてだったかもしれない。窓ガラスに反射して2人が映っていた。人がいないからって…。
ヒールの高さのあるパンプスを履いていたから、彼と身長差がほとんどない。でも、今は彼の背が高くないことすら愛おしいと感じる。

利用客が少ない駅とはいえ、電車から降りて突然の豪雨に見舞われて駅から出ずに雨宿りする人が少しずつ増えて来た。私たちもそろそろ帰る時間。今日はこの駅を起点に、反対方向の電車で帰るのでどちらかの電車が来るとお別れだった。

帰り道、「真っ暗な○○寺も大雨も楽しかったですね」
と、彼からメールが来た。
楽しかったって書いてくれて嬉しくてニヤけたけど、それと同時に急に彼の言葉を思い出し、涙が溢れないように気をつけて歩いた。

"知らない駅に行こう"と彼は言ったのだ。

彼がこの地域で生活するのもタイムリミットが近づいていて、せっかくだから色んなところに行きたい。
きっとそういう理由もあるんだろうな。都会での単身生活の思い出に。

なーんて。私が勝手に切なくなりすぎか。


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