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マーティン・ローズは、服そのものを新しくするのではなく、服の作り方を新しくする

 現在、市場で人気が急速に高まっているメンズブランドがある。それはロンドンで活動する「Martin Rose(マーティン・ローズ)」だ。ブランド名と同名のデザイナーである彼女は、デムナ・ヴァザリア率いるバレンシアガのメンズチームにも参加しており、その点でも注目されている。

 だが、最も注目なのはやはり彼女自身のコレクションだ。 

 マーティン・ローズのコレクションは、まさに時代の最前線を捉えたデザインである。現在のファッション界を席巻し、トレンドを支配するストリートの代名詞である「ビッグシルエット」、色と柄を大胆に無秩序に組み合わせたように見える混乱的グラフィカルな要素が目を惹く「カッコいいダサさ」。そのデザインを見ていると、デムナ・ヴァザリアであり、ゴーシャ・ラブチンスキーであり、ミウッチャ・プラダであり、現代を代表するデザイナーたちの幻影が霞んでは見え、多重人格者とも言えるデザインの重層性が迫ってくる。

 しかし、マーティン・ローズのスタイルは彼女独自のものだ。一見すると現在の最重要トレンド、ストリートの影響が強いスタイルに見えるが、マーティン・ローズはストリートが猛威を奮う以前から現在のスタイルを発表していた。

 デムナ・ヴァザリアによるヴェトモンがデビューする2014AWよりも前、2013SSには現在のストリート的ビッグシルエットを既に披露している。また、デビュー直後はマルジェラのモダナイズの領域に収まっていたデムナ・ヴァザリアが自身のスタイル「マルタン・マルジェラ×ストリート×ダサさ」を確立するのは2015AWだが、2014AWにマーティン・ローズは時代を先駆けるような自身のスタイルを覚醒させている。

 極端にワイドなバギージーンズ、パンツやシャツ、アウターに縫い付けられたリーフレットを思わす幾つものパッチ、ダスティなムード漂う素材の質感と色味で、それが古着のようにも見えるドロップショルダーのブルゾン。それらを組み合わせたスタイルは、デムナ・ヴァザリアがリードしてきた「ダサさ」に通じる「カッコよさ」がある。しかし、マーティン・ローズはデムナよりも早く、それこそシンプルを至上としたノームコアが、トレンドとしてファッション界で注目されていた2014年からデザインしていた。

 マーティン・ローズは2014AWを自身でもこのように語っている。

「あのコレクションは、私にとって大きな転換点だったと思う。あの時、デザイナーとしての自分がよく分かったの。自分が追求したかったことにようやく納得して、満足できたのよ。それまでも、変わった素材で大きなシルエットを試していたけど、2014年の秋冬コレクションで得たような自信は持てなかった。あのコレクションの後は、ボリューム、シルエット、素材のハリ、色が私の興味なんだって分かったわ」
SSENSE「曖昧から産まれるもの マーティン・ローズの精神 Ethos of Martine Rose」より引用

 ストリートがトレンドになるよりも以前から、「ビッグシルエット」と「カッコいいダサさ」を発表していたことは、彼女のスタイルはトレンドとは関係ない、彼女の生き方そのものによって育まれた価値観と感性=「文学性」だったと考えられる。

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