キム・ジョーンズが描くディオールの男たち

 2018年3月に、キム・ジョーンズがディオール オムのメンズディレクター就任が発表されてから3ヶ月。6月23日、そのデビューコレクションがとうとう発表された。ブランドネームを「Dior Homme(ディオール オム)」から「DIOR MEN(ディオール メン)」へと変更し、エディ・スリマンからクリス・ヴァン・アッシュへと引き継がれてきたその世界観が一変した。

 シャープでエッジな男たちからクリーンでフェミニニティ纏う男たちへ。

 予想されたストリートスタイルはその断片を感じさせる程度の存在にとどまり、クラシックスタイルをベースに彩りを添えたメンズスタイルは、あくまで「クリスチャン・ディオール」であろうとするスタイルに思えた。

 繊細な美しさを備えた控えめながらも決しておとなしいわけではなく、その匂いを断片的に香らせるストリートの空気が挑発的でもある男たちの装い。そこには、たしかにこれまでのエディ-クリス時代とは異なる新鮮さがあった。

 ただ、元々僕がキム・ジョーンズへ抱くイメージに、ストリートの色は薄い。シュプリームとのコラボで話題となったルイ ヴィトン2017AWメンズコレクションの印象で、ストリートのイメージが強いと思われるキム・ジョーンズだが、ルイ ヴィトン時代の彼のコレクションを見てきた印象としては、スーツが確固たるスタイルのベースとしてあり、そのシルエットを適度な量感でスマートに作り上げ、そのエッセンスをブルゾンやニットなどのカジュアルアイテムにまで拡充し、上質さと美しさで男の装いを仕立てるというものだった。そのスタイルには、経済的余裕を漂わす男の匂いが滲んでいる。

 キム・ジョーンズのスキルを考えると、今回のディオールのメンズスタイルはルイ ヴィトンで培ってきた彼のスタイルをディオール向けに調整し、仕立てたものとも言える。

 これまで何度も述べてきたとおり、僕が思うクリスチャン・ディオールの本質は「硬質なエレガンス」だ。ダイナミックな力強さを伴いながら、甘く香るフェミニニティを充満に匂わす。その意味では、ウィメンズよりもメンズの方がクリスチャン・ディオール本来の魅力を引き出せる可能性はあるし、キム・ジョーンズによる新生ディオールのメンズスタイルは、本来ブランドが持つ世界観の正統な後継者と言えよう。

 その一方で、あくまでクリスチャン・ディオールの世界にとどまろうするデザインに、僕は物足りなさも感じた。ブランドをリスペクトし過ぎた印象を受ける。クリスチャン・ディオールの世界を尊重するあまり、キム・ジョーンズ自身の個性がだいぶ控えられたように思え、彼のルイ ヴィトンのデビュー時に感じたようなインパクトが感じられず、僕はそこに物足りなさを覚えた。

 キム・ジョーンズが2012SSシーズンに披露した、ルイ ヴィトンのデビューコレクションは鮮烈だった。ルイ ヴィトンならではのリラックスとラグジュアリーを備えた上質で美しく、贅沢を知る人間の余裕を漂わすスタイルに、幼少時代にエチオピアやケニア、タンザニア、ボツワナなどアフリカのカリブ海諸国を移り住んできたキム・ジョーンズ自身のアイデンティティを反映させた、マサイ族の伝統衣装をモチーフにした赤×青チェックのダミエをスタイリングしたコレクションは、ルイ ヴィトンでありながらそれまでのルイ ヴィトンのメンズスタイルにはなかった新しい魅力と可能性を作り出していた。

 そのコレクションと比較すると、今回のディオールのメンズコレクションはずいぶんおとなしいように思えるのだ。

 たとえ自身のブランドではなくディレクターを任されたラグジュアリーブランドであっても、デザイナーの個性は濃厚に表現される必要がある。そうしなければ、歴史あるラグジュアリーブランドの持つ重厚な世界観に飲み込まれ、デザイナーの存在感が希薄になってしまう。

 2011年、ジョン・ガリアーノはクリスチャン・ディオールのディレクター職を解任される。その後、空席となったディレクターには暫定的にガリアーノの右腕であったビル・ゲイテンが就任した。

 その後、ビル・ゲイテンは数シーズンにわたり、クリスチャン・ディオールの世界観をとても尊重した丁寧なコレクションを発表していく。その評価は概ね高く、ブランドの売上も微増ながらもアップさせていた記憶がある。そのまま、ビル・ゲイテンがディレクターとして正式に採用されるのではという噂も出たが、結果的にはラフ・シモンズが正式にアーティスティック・ディレクターに就任し、ガリアーノ時代のクリスチャン・ディオールとは全く異なる新しいディオール像を打ち立て、ブランドを発展させる。

 クリスチャン・ディオールのように歴史という名の財産と巨大な事業規模のラグジュアリーブランドが持つ世界観は、あまりに大きく重い。その重厚な世界観に飲み込まれずブランドを発展させていくには、デザイナーが自身の個性をフルに発揮するしかない。そのぶつかり合わせが、ラグジュアリーブランドの未来をビジネス的にもクリエーション的にも、大きく成長させていく。

 それがラグジュアリーブランドとディレクターの関係性と言える。ラグジュアリーブランドは、ブランドの世界観の維持を望みながらも、その世界観の強烈なアップデートを必要としている。

 幸いにも、キム・ジョーンズにはルイ ヴィトンで築き上げた実績がある。だからこそのディオールのメンズディレクターへの就任であり、今後にも期待を持てる理由になる。

 今回のデビューコレクションは、たしかにこれまでとは異なるディオールらしいディオール像のメンズスタイルを作ったが、いささか優等生すぎるようにも感じた。今後、キム・ジョーンズは自身の個性を、ディオールのダイナミックでフェミニニティ香る世界観と融合させ、どのようなメンズスタイルを作り上げるだろうか。僕の関心はそこにある。

<了>

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