売れるために、売れている服を作らない -フィービー・ファイロについての考察-

 売れるために、売れている服を作る。今市場で人気の売れ筋デザインをリサーチし、商品化する。または、自社の売上データから人気商品をピックアップし、その商品にアレンジを加え新商品として販売する。一見、合理的に見えて売上も出しやすい方法に思える。

 しかし、新しさが魅力のファッションにとって、それは長期的に見れば悪手になる。

 昨日、読んでいて興味を惹かれる記事があった。松本清張賞と小学館文庫小説賞をダブル受賞してデビューした若手作家の額賀澪氏と編集ワタナベ氏が、本が売れない時代の新たな出版の形について、cakesやnoteを運営する株式会社ピースオブケイクの代表取締役CEOの加藤貞顕氏へインタビューする記事だった。

「日本で雑誌というメディアが誕生したとき、多くの作家が『ここに掲載すれば読んでもらえる』『お金になる』と思って作品をガンガン書いて載せました。だから雑誌にも本にも、そこに載っている作品にも、多様性があったんです。でも今は余裕がなくなって、『売れるものしか出版できない』という考えになってきました。けれどそれでは多様性がなくなってしまう。読者が飽きて、本というメディアから離れていく原因になります」
「平成生まれのゆとり作家が夏目漱石に勝つ方法」より

 これはファッション界のことだろうか?

 そう思うほどに、ファッション界で起きている現象に似ている。

 この悪魔のループが「ブランドネームを取ってしまえば、どこの商品かわからない」と揶揄される商品同質化現象を引き起こした。

  売れるために売れている商品を企画して販売すると、売上が次第に減少していく。先述の記事を読む限り、それはファッション界に限った現象ではない。ならば、必要なのは逆の発想である。

「売れるために、売れている服を作らない」

 それを実践しているデザイナーがモード界にいる。

 フィービー・ファイロその人だ。

 セリーヌのクリエイティブ・ディレクターを退任することになり、フィービーが本格的に手がけるラストコレクションとなったセリーヌが、今驚異的な大人気となっている。

 フィービー・ファイロには世界中にファンがいる。だが、そのデザインはトレンド追従型のタイプではない。その逆だ。私が一番驚いたのは、彼女がクロエからセリーヌに移り、セリーヌでのデビューコレクション2010AWを発表した時だ。

 クロエ時代のフェミニンでガーリー、どこかノスタルジックでもあったデザインから、セリーヌでは一変してシャープ&クールでシンプルなデザインに「変貌」し、私はその変化の振り幅に驚く。セリーヌの世界観を重視したデザインの変化であったかというと、そういうわけでもない。

 フィービーの前任であったイヴァナ・オマジックのデザインはクラシックな趣が強い。言ってしまうと、ミセスブランドのような印象だ。

 だが、セリーヌのアーカイブを見てみると、そもそもシグネチャースタイルと言えるデザインがない。1998AWにセリーヌのデザイナーに就任したマイケル・コースによって、キャリア女性のための服というコンセプトを確立された印象を受けるが、現在のセリーヌほどの切れ味の鋭さは感じない。

 そういった背景もあり、セリーヌのデザインを変えやすい一面はあったかもしれないが、それでもフィービーがクロエ時代に人気を博した「大人のガーリースタイル」と私が感じたデザインから、大胆なデザインチェンジをセリーヌで図ったことは驚き以外の何者でもなかった。

「本当に同じデザイナーがデザインしているのか?」

 そう思えるほどの変貌ぶりだった。 

 もっと驚いたのは、その大胆なデザインの変化にもかかわらず、フィービーのファンが離れることなく、むしろ逆にさらなる人気を獲得したことだった。その後、フィービーはセリーヌで何度かデザインチェンジを図る。それまでの人気スタイルを捨て去るように。しかもそのデザインは、トレンドのフォロー型ではなくカウンター型と言える超アグレッシブなものだった。その度にファンは離れるどころか、ますますフィービーに熱狂していく。結果セリーヌの売上はフィービー就任後、急成長していく。

「2004年にマイケル・コースが去って以来、なかなかデザイナーが定着せず、やや低迷気味。そこにフィービーが現れると売り上げは2億ユーロ(約268億円)から7億ユーロ(約940億円)にまで引き上げられたと言われている」Harper's BAZAAR「セリーヌのフィービー・ファイロが私たちに与えた影響」より

 いったいなぜ、フィービーはデザインを大胆に変化させてもファンが離れなかったのか。しかも、彼女のデザインはトレンドをど真ん中に捉えたものではない。むしろ、消費者の感覚を新しい感覚へ誘(いざな)うものだった。フィービーの後任となる、どのブランドでも自分のスタイルを変えないエディ・スリマンとは真逆のアプローチだ。

 なぜ、フィービーは売れている服を作っていないにも関わらず、売れていったのか。

 そのことについて、フィービー現象から考察していきたい。まずフィービーのデザイン変遷を追っていこうと思う。最初に見てもらいたいのは、クロエ時代のフィービーでとりわけ私が好きだった2006SSコレクションだ。

 フィービーがクロエのディレクターに就任してから退任するまでの期間は、2001年から2006年になる。2006SSはクロエ時代の終盤になるデザインだ。

 私はこのコレクションが好きだった。大人のガーリースタイルと表現できる女性のかわいらしさを想像させる装飾性とシルエット、そこから女性が成長した気品ある姿がミックスされたスタイルには、リアリティあるデザインながらファンタジーを感じさせ、それが秀逸のコレクションで、当時私は何度もルック写真を眺めてはその最高さに浸っていた。クロエ時代のフィービーの最終到達点と私が思うコレクションだ。結果的には、この2006SSがフィービーがクロエで手がけたラストコレクションになる。

 そして、クロエ退任後2年が経過した2008年、突然セリーヌへのクリエイティブ・ディレクター就任が発表される。ファンは熱狂する。私もその復帰を喜んだ。フィービーによる新生セリーヌのランウェイデビューは2010SSシーズン。このコレクションを見て、当時の私は驚く。そのデザインの変貌ぶりに。

 まず1stルックに驚く。足元を除けば、全身黒でボディラインをなぞるタイトなシルエット。クロエのラストシーズンで魅力だった装飾性とフェミニンなシルエットは一切削ぎ落とされ、ガーリーさやノスタルジックな空気は皆無。実にソリッドでスマート。

 その後に続くルックにも私は驚かされる。

 シャープなカットで、素材にも硬質感あるシャツにワイドパンツを合わせ、そのスタイルはメンズライク。色使いも茶系を中心にベーシックだ。サンローランのサファリルックを思わすミリタリーな要素も入り込んだミニドレスは、ますますメンズライクな匂いは濃くなる。だが、ミニドレスゆえに軽快さと色気はにじむ。

 デザインの変貌を表す象徴的なルックが一つある。パンツスタイルをベースに、バスト下で大胆にカットされたショートレングスの黒いトップス。装飾性やかわいらしさよりも、直線的かつ大胆なカットと黒・白・茶をベースにオーソドックスな色を多用し、簡素簡潔で力強く鋭く。それがフィービーのセリーヌデビューだった。 

 同シーズン、他のブランドはどのようなデザインだったのか。

 クロエ時代にフィービーと一緒に働いていたステラ・マッカートニーは、シンプルなスタイルを提案している。その意味ではフィービーの新生セリーヌと共通点があった。しかし、フィービーよりもフェミニンで装飾性もあり、またカジュアルでもある。

 フィービーのようにシャープでクールなスタイルで見ると、当時のニコラ・ジェスキエールによるバレンシアガと、リカルド・ティッシによるジバンシイがピックアップできる。

 だが、フィービーのセリーヌに比べると、色や柄使い、ディテールに装飾性が強い。フィービーのような簡素簡潔なデザインではない。

 フィービーのセリーヌデビューは、当時のトレンドを捉えながらも、装飾性やフェミニンな要素は排除し、他とは一線を画したデザインになっている。簡素簡潔な要素をデザインに取り入れたコレクションは、今見るとモードなノームコアスタイルと呼びたくなり、次に訪れる時代の新感覚をいち早く捉えていた。

 特にクロエ時代の実績あった大人のガーリースタイルから脱却したことは、売れるために売れている服を作らない姿勢そのものと言えよう(フィービーはそう考えていないかもしれないが)。

 フィービーは翌シーズン以降も、自身のニュースタイルを研ぎ澄ましていく。しかし、唐突にまた変貌が訪れる。2012SSにシルエットのビッグ化が始まる。

 このシーズンからスリムなシルエットと共に、大胆なシルエットが混じり始める。シルエットの違いは、前シーズンの2011AWと比較するとよくわかる。袖幅を見ると、その違いが一目瞭然だ。あまりに大胆に太いのだ。

 フィービーは突然変貌する。そして、それが2013Pre-Fallになると、また一段特徴的になる。女性のボディラインの美しさをたたえるエレガントな要素は、どこかへ消し飛ぶ。80年代のシルエットをセリーヌスタイルへ落とし込んだそれは、まるで女性を形容する「かわいい」「きれい」という従来の価値観から解放するかのようだった。

 加えて言うなら、ビッグシルエットがトレンドのメインストリームになるのは、ヴェトモンが登場した2014年以降で、厳密に言えばヴェトモンが「ストリート×マルジェラ×ダサさ」を確立した2015AW以降だ。2013年シーズン時点では、ビッグシルエットはまだ強烈なトレンドにはなっていない。

 2014SSにはまたまた驚きの展開を見せる。2014年と言えば、ノームコアが一気に時代のトレンドに躍り出ていた年だ。その年のスタイルとしてフィービーが発表したコレクションには、強烈にデコラティブだった。

 筆でなぐり描きしたような筆致で描かれる、大胆で太い黒い曲線が無数にプリントされているルックが、冒頭から次々に登場する。中盤では、赤や黄色、緑といった色が抽象絵画のように服の上で縦横無尽にプリントされたシャツやスカート、コートが披露される。実にデコラティブでダイナミック。

 もう一度言いたい。これはノームコアがトレンドになっていた時期のコレクションだ。しかし、時代がフィービーに追いついてくるように、今やインスタグラムの影響により服に装飾性が求められ消費者の人気となっていく。

 フィービーは次の新しさへ進んでいく。

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