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デザインが効果を発揮するために必要なこと

*このテキストはサブスクリプションサービス「AFFECTUS subscription」加入メンバー限定サービス、メルマガ「LOGICAZINE(ロジカジン)」で2019年3月26日に配信されたタイトルです。

本文は以下から始まります。

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「シンガポールの国宝」と言われるデザイナーがいる。そのデザイナーの名はテセウス・チャン(Theseus Chan)。1961年生まれのシンガポール人である彼は、シンガポールのナンヤン芸術学院でグラフィックデザインを学び、卒業後10年に渡りキャリアを積んだのち、1997年に自らのデザイン・スタジオ「ワーク(WORK)」を設立する。

そのクリエイティビティは世界から注目されることになり、様々なブランドやクリエーターとのコラボレーションが行われる。コム・デ・ギャルソン、アンリアレイジ、トーガ、「世界一美しい本を作る男」ゲルハルト・シュタイデルなど、コラボレーターは枚挙に暇がない。

2000年にチャンが創刊したインディペンデントマガジン『ヴェルク(WERK)』で、彼は実験的かつ挑戦的印刷加工技術で雑誌の定義を揺らす。

紙をバーナーで焦がす、ページごとに違うサイズで裁断する、シワ加工した紙を鋲で打ち付け焦げ目を入れる、高濃度のインクを何重にも重ね印刷する……。私たちが雑誌と聞いた時、想像することのできない技術アプローチで作り上げ、ヴェルクは雑誌の形態を保持しながらも私たちに驚きをもたらすデザインに仕上がっている。

なぜ、今回ファッションデザイナーではなくグラフィックデザイナー(アートディクレター)にフォーカスしたかというと、チャンが手がけてきた雑誌ヴェルクを見ていて、あることを感じ、そのことについて言及したいと思ったからである。

あることとは、デザインで人の心が揺れるとはどういうことなのかという、デザインの構造についての話である。

私はチャンの手がけたヴェルクを見た時、純粋に面白さを感じた。大胆な手法で雑誌の外観を変革させていたことに、ただただ驚いた。デザインによって心が揺れたのである。

同時に私はこうも思う。

「なぜ、面白いと思ったのだろうか?」

私は面白さの理由を探ることで、デザインの構造が見えるのではないかと思えた。

理由としてまず挙げられるのが、ヴェルクは私が雑誌に抱いていたイメージを超えていたことである。紙でバーナーで焼いたり、焦げ目がついた雑誌というものを私は想像することができていなかった。綺麗な紙にグラフィックとテキストが施されたもの。そういうデザインが私の中にある雑誌のイメージであった。それは書店で見かける雑誌がそうであるし、あるいはアートディレクターのアレクセイ・ブロドヴィッチが手がけた、1950年代の素晴らしく美しいアメリカのハーパーズ バザーがそうであった。

チャンの作り上げてきたヴェルクは、紙を破壊的に加工したり、サイズの異なるページを綴じるなど、私が抱いていた雑誌のイメージには存在しなかったものである。

つまりデザインで人を魅了するには、それまで対象物(今回は雑誌)に抱かれていたイメージにはない新しいイメージを植え付けることが必要になる。

ただし、単に奇抜で大胆であればいいというわけではない。

例えば、大きな岩石に文字を打ち付けて「これが雑誌です」と提示されても、驚きはしても「新しい雑誌」という新鮮さを感じることは難しい。その理由は、岩石が雑誌という形態から離れすぎているからだ。

デザインで人の心を揺らす条件として、以下が考えられる。

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