見出し画像

映画『シチリアーノ 裏切りの美学』感想 マフィア時代終焉を描いた傑作


 こういうマフィアもの、なぜか好きなんですよね。今回は映画『シチリアーノ 裏切りの美学』感想です。


 1980年代初頭のイタリア。シチリアン・マフィア、コーザ・ノストラの間では、麻薬による利権争いが本格化して、各派閥は一触即発状態だった。一兵卒でありながら力を持つトンマーゾ・ブシェッタ(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)は争いを避けるため家族と共にブラジルへと移る。その後、ブシェッタと敵対していたコルレオーネ派のサルヴァトーレ・リイナ(ニコラ・カリ)は、対立する人間を次々と抹殺していく。
 自分の息子2人も行方不明になったと知ったブシェッタは、どうにかして反撃の方法はないかと探っている矢先、薬物違反の疑いでブラジル警察に逮捕される。イタリア警察に引き渡されたブシェッタは、腐敗し切ったコーザ・ノストラに絶望し、マフィア撲滅を目指す判事ジョヴァンニ・ファルコーネ(ファウスト・ルッソ・アレシ)に情報提供をするようになる…という物語。

画像1


 イタリア映画の巨匠マルコ・ベロッキオ監督による、実話を忠実に再現したマフィア映画。齢80を超えて最高傑作と賞賛されていたので、ベロッキオ監督作は初見ですが、観に行ってきました。

 名作中の名作『ゴッドファーザー』シリーズや、最近だとNETFLIXの『アイリッシュマン』、邦画なら『仁義なき戦い』シリーズなどの、マフィア・ヤクザものに連なる今作は、それと同時に裁判をメインとした「法廷もの」でもあります。

 序盤は、定番ともいえるマフィア同士の血で血を洗う抗争が描かれています。正直、人間関係が頭に入らない状態なので、名前が表示されているも誰が殺されているのか理解できないんですけど、画面にカウント表示で、抗争で犠牲になった命の数が表示される演出になっているんですね。ゲームぽい感じがするんですけど、それがいかにマフィアが命を軽視しているかという表現になっているんだと思います。
 マフィアのバイオレンスよりもインパクトがあったのが、ブシェッタがブラジル警察に逮捕された際の取調べなんですけど、肉体的な暴力に加えて、ヘリで海上に飛び、奥さんをヘリから吊るして、目の前で落そうと脅迫してるんですよ。ちょっとマフィアよりやり方が強烈にえげつなくて面食らってしまいました。

 ただ、そのバイオレンス描写は導入部分、いわゆるフリというやつで、メインはその後の裁判で繰り広げられる法廷劇なんですね。
 実際にブシェッタが情報提供をしたことで、相当数のマフィアが逮捕されたそうですが、圧巻なのがこのイタリアの裁判方法で、その被疑者全員をまとめて法廷の場に揃えて裁判を行うという形なんですね。ブシェッタが証言をする度に、口汚い野次が飛び交うんですけど、そこにマフィアの威厳もクソもないわけですよ。『ゴッドファーザー』のような渋い世界観は微塵も出さないんですね。
 『ゴットファーザー』の3作目や、『アイリッシュマン』の終盤でも描かれるのは、結局「栄枯盛衰」の「枯」と「衰」だと思うんですけど、今作はそこのみに焦点を当てた作品だと思います。

 本来のマフィアは、無秩序の中で秩序をもたらすという役割があったようですね。マフィアが無くなると雇用が不安定になるとデモを起こす市民が描かれたりもしていました。この辺りは、『仁義なき戦い』で、原爆後の広島復興にヤクザが一役買って出たという構造にも似ています。
 ブシェッタが組織を裏切るのは、薬物ビジネスに汚染され、金の争いにまみれた組織そのものに失望したからと告白されています。本来のマフィアの姿に誇りを持っていたのは本当なんでしょう。また、判事ファルコーネとの対話で、その正義に感化されたという要素もあるとは思います。
 ただ、それよりもブシェッタは、息子を失うことで自分の家族が消えることを恐れるようになったという要素もあると思うんですよ。後半、若かりし頃の自分の行いが回想シーンとして何度か登場するんですけど、ブシェッタ自身も他者の家族を奪う行為を行っていて、因果が自分のところに返ってくることを、意識していたように見えました。

 裁判以降、アメリカに移住しても、物語終盤まで銃を手放せない姿が描かれていますが、組織の報復を恐れていたんでしょうけど、何よりも自分の過去の罪への報復に恐れを抱いているように見えました。

 このマフィア、ヤクザ映画って好きなんですけど、やっぱり基本的には反社会組織って、ある程度秩序のある世の中では、もう相容れられないものになっているんですよね。ほかの名作でもそうですが、今作『シチリアーノ』でも、滅びる運命にあるマフィア組織を描くことで、暴力の否定を伝えているように感じられました。

 しかし、観ていて気持ちの良い映画でも何でもない内容なのに、イタリアやブラジルの街並みがすごく美しく撮影されているんですよね。散々、人の命が失われた場面なのに、行ってみたいという気持ちにさせられる映像美も見所でした。流石は巨匠の作品。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?