命を賭ける競技のファンとして

昔からレース競技が好きだ。ロードレースとか。
特にワンデーレースのゴール前の光景や、ツールドフランスでスプリント勝負になるステージなんかは迫力満点だ。
至近距離で、接触スレスレで、必死にペダルをこぎながら、トップギア・トップスピードでスプリントしていく。
迫真のレース模様を見届けた後、しばし頭がぼうっとするほど血がたぎっていたことに、やっと気づくのだ。

そんな迫力で人を沸かせるレース競技では、時折、競技者が亡くなるニュースを聞く。

昔ほどロードレースの情報を追えていないが、
こういう話を聞くとにわかファンながら胸が痛くなる。

競技関係者は、こうしたニュースが報道されるたびに、「死者を出さないための仕組みづくりをしなければ」という。
ただ、「刺激的な面白さ」と「安全の確保」を両立する仕組みを作り出すのは難しい。結局、こうした痛ましい事故がメディアで取り沙汰されても、「安全の確保」という課題は「刺激的な面白さ」に優先されることはなく、同じことは何度も起きてしまう。

ーーーーー

本日、藤岡康太騎手逝去のニュースが流れた。
原因はレース中の落馬による負傷だった。享年35歳。騎手としてはまだまだ中堅どころ。より一層活躍できたはずだった。
競馬ファンになってから日が浅く、それほど康太騎手のことを知っているわけではないけれど、あまりに辛いニュースだった。謹んでお悔やみ申し上げます。

2023年のマイルCS。
康太騎手がムーア騎手の代打でナミュールに騎乗し、快勝したときのことは忘れない。特にこのレースでは急遽での代打騎乗で、「ナミュールは外そう」と多くの人が考え、オッズが急騰したという。
そんな状況下で、康太騎手とナミュールは大外一気でブチ抜けていった。グレード制が導入されて以降、急遽乗り替わりで1着を取るのはJRA史上初の出来事だったそうだ。

康太騎手の名前はそこで初めて知った。
正直、「急な乗り替わりで勝つなんて凄いな」という関心しかなかった。
とはいえ、「やっぱり競馬って何が起こるかわからない競技だな」と、改めて競馬にドラマ性を感じた出来事だったように思う。
それから、ちょくちょく康太騎手の馬券を買っていたりした。まあ、当たんなかったけど。

競馬にどっぷり浸かり始め、日夜競馬情報を収集するようになった。
いわゆる掲示板のまとめ動画を視聴して効率よく、という感じ。そんな中でちょくちょく出てくるのが、康太騎手の兄・佑介騎手とのエピソードだった。
二人で同じレースに出て、1,2着と肩を並んでゴールした時、二人とも笑顔の写真が取れた、なんていうことも聞く。
兄弟仲は普段からよかったのだろう。ネットケイバで連載されている佑介騎手の対談コラムに康太騎手が登場したときには、ほほえましい兄弟だな、と思うようなエピソードがたくさん紹介されていた。
以降、藤岡兄弟、と聞くと、なんとなく気にかけてしまうような、そんな存在にはなっていたと思う。

そんな康太騎手が4月6日に、酷い落馬をしたというニュースを聞いた。
字面では「頭部・胸部の負傷」となっており、致命的箇所の負傷ではあるものの、事の重大さが伝わりづらかった。実際には、落馬した直後、後続の馬が避けきれず、蹴られ、踏まれてしまったがために被った負傷だったという。もちろん、後続の馬も、それに騎乗していた騎手も、避けようがないシチュエーションだったのではないかと理解している。

父・藤岡調教師が自身の管理馬のレースよりも康太騎手に付き添うことを優先していたところから、この瞬間から非常に状況はよくなかったのだろう。それでも一般の競馬ファンは「負傷した後、しれっと復帰した騎手だっている。だからきっと康太騎手は帰ってきてくれる」と思い、康太騎手の安否を気遣いながら、未だ来ぬ続報を待っていた。

しかし、祈りは届かなかった。

ーーーーーー

人間に制御できないスピードとエネルギーにより成り立っているスポーツだから、一瞬のタイミングの悪さが、たちまち死亡事故につながる。

康太騎手だけじゃない。先日亡くなってしまった高知競馬の若手騎手も、それ以前にも競馬の歴史の中では落馬事故で亡くなった騎手は存在している。

レース競技の死亡リスクはどれも高いものだ。競艇、競輪、オートレースも同じように、レース中の事故でなくなる競技者が後を絶たない。

こういう事故が起こるたびに、「そんな痛ましい事故は二度と起こってほしくない」と全員が思うはずだ。
それでも、死と隣り合わせの命がけの競技が無くならないのはなぜか?
公営競技というシステムが社会の根幹に根付いているから?
それとも、そもそも人間が「安全の確保」より、「刺激的な面白さ」を求めているから?
私にはよくわからない。

ただ一つ、「安全の確保を優先せよと、声高に叫ぶほどの思いやりは、私にはない」ということだけは明確に自覚している。

少なくとも、私は競馬にスリルを求めてしまっている。
誰一人として怪我をしてほしくないが、これを機に安全を担保したレース形態に変わってしまったなら、恐らく競馬を見なくなるだろう。

ーーーーーー

本日公開された藤岡佑介騎手のコメント。
公開後、ネットケイバがサーバーダウンするほどアクセスが集中した。

他のファンがどうだか知らないが、少なくとも私は、刺激に脳を焼かれた愚かな競馬ファンだ。安全の確保よりも、刺激的なレースを求めてしまっている愚かな愚かな人間だ。

だが、康太騎手がわたしの脳に刻んだマイルCSでの活躍を「忘れない」ことだけはできる。

だからどうか、それでも今の競馬の形を好きでいさせてください。
康太選手が、そして今後のレースを戦う貴方たちが、命を賭して駆け抜けたレースがあること(あったこと)を、絶対に忘れないから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?