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卵(ラン)タン 3

意識の監獄

春の選抜高校野球大会も無事決勝戦を終えたようです。僕は、高校野球というか最近はオリンピックも含めてスポーツ中継をあまり見なくなりました。まあ、スポーツだけでなくテレビ番組自体もあまり見なくて気になる番組は録画をして時間のある時にまとめて見たりしています。

なので試合の結果は、ふと目にしたニュースやネットで知ることになるのですが、今年の甲子園は、地元の高校が補欠から決勝まで勝ち上がったという話題をよく耳にしました。近畿大会で優勝とかをすると別ですが、そうでなければ力があっても選抜されるかが問題です。その結果、そのチームは選外にあったのですが、選抜されたチームがコロナ感染で辞退したとかで、大会の3日前かに出場が決まったとか聞いています。選外というだけで、決して弱いチームではなかったのですが、それでも補欠というか代替えで出場したチームがあれよあれよと、決勝まで上り詰めたのは、面白いケースです。

オリンピックや甲子園等、大きな大会には魔物が住むと言われますが、プレッシャーというか他人からの期待というのか、そういった外的要因は、プレイにも大きな影響を及ぼすようです。失うものは無いと負ける事を恐れず思い切ったプレイをすることが結果を生むことがあります。大学時代に僕は体育会に所属していましたが、上位リーグを目指して勝利への使命感で凝り固まるより、ゲーム自体を楽しむ姿勢のほうが、強い相手を前にしてもひるむことなく戦えたように思います。尤も目標を達成するために努力をし、達成感を味わう感覚とは別のものがありますが、負ければ同じです。

僕は、大学時代は体育会に所属し、今は武道を習っていますが、根性論というものが嫌いです。気力というのは、肉体を使う場合に重要な要素ですが、根性論というのとは違うものだと思います。根性論とは精神力だけで、何事も結果が得られるというものだと理解しています。勿論、根性があれば練習もいらないというわけではないですが、その練習は合理的、科学的ではなく、精神力を鍛えるようなものだと思います。その精神は、もしかすると武道というか武士道というか、そんな精神論からきているのかもしれませんが、死と隣り合わせにある武術は、そんなものではなく、もっと合理的に身体を使う技術です。体の構造を理解して、様々なケースを想定して、いかに労力をつかわずに敵を制し、生き残るための技術です。

戦いにおいて、戦術というのは大切な取り決めですが、強敵を相手にし、戦う術を無くした最後に精神論は持ち出されるものかもしれません。或いは、思考を放棄して、見方を鼓舞する時に、こういった破れかぶれの戦術が取られるのかもしれません。なぜ、僕が根性論が嫌いなのかというと、思考する努力を放棄したように感じるからと、肉体におけるダメージが強いからです。これでは、丈夫な人しか残れませんし、丈夫でなければ根性がないのかというと、そうでもないと思います。

この物質界で結果を得ようと思うと、それに見合う行動が必要となってきます。その行動とは、技術や論理、科学に基づくものでないと、つまり理屈に合った行為でないと、なかなか結果には現れません。これは因果関係です。勝つには、勝つ要因があるわけで、その要因を行動によって創造することが、物質界では求められるのです。

もし、アストラル界で結果を求めるなら、肉体は眠ったままなので、意識の状態が左右します。アストラ体は、感情体とも呼ばれますが、自分の気持ちが大切になってきます。アストラル界とは、私たちが睡眠時、夢の世界で体験することができる世界です。精神世界に興味があるなら、この世界のことを少しは理解できると思いますが、一般的な人にとっては、ただの夢であり、自分の脳内で知覚する幻影に思えることでしょう。しかし、意識的な人には、アストラル界は、この物質系の上位の次元世界であり、現実とは、上位の次元から物質化するものであったり、或いは干渉を受けるということを知ることと思います。悪霊とは、そういったアストラル界の中の低い世界に住む存在でもあります。夢の中で、モンスターと戦った経験はないでしょうか?

夢の世界で結果を得ようと思うと、強い意志が必要になります。アストラル界は、4次元世界にあるため、物質界より制限が少なく、肉体も眠っているため、より精神的な世界になります。例えば、夢の中で、空を飛ぶ経験があるかもしれません。この時に、うまく飛ぶコツは、自分の揺るぎない意志を持つことです。少しでも、落ちるんじゃないか?とか、うまく飛べるのか?とかが頭によぎると一瞬にして、その結果が現れ地面に着地してしまいます。一番簡単なのは、高い場所から飛び降りることですが、これは、自分が夢の中にいることを意識していないと難しいものです。大概は、夢の中では、それが現実だと認識しているもので、物質界の常識が表れます。だから、こんなに高いところから飛び降りたなら死んじゃうだろうと考えると飛べません。

また、アストラル界は、欲望界とも呼ばれ、物質界では理性に抑えられていた欲望が、より行動となって現れてしまいます。だからユングやフロイトは、夢を診断することにより、潜在意識を探ろうとしたわけです。夢は自分の欲望を素直に表現しようとするあまりに、自分んをさらけ出す羞恥心や何らかの要因で、それを隠したいという欲望が、表現を曲げて現わしてしまうことがります。夢占いというのは、書籍やHPで見る事ができますが、あくまで、その表現の例であり、すべてが同じものを表しているとは思えません。やはり、その人の心理状態から表現の仕方が変わってくると思います。なので、他人が診断できるのは、一つの解釈であり、それを診断するのは、自分の状態を知っている自分自身でしか無理ではないのかと思います。

今の自分がどんな状態であるのか?これを知るのは自己意識です。もしかすると人は意識より無意識のほうが大きいのかもしれません。自分の関心や、興味、思考、さらに行動様式や嗜好。これらをいつも意識し、その状態を把握しながら生きている人は稀だと思います。実際、それが普通だとしても、意識の活動状態というか、認識状態からすれば、それは眠っている状態ともとれます。意識の領域、全てが覚醒しているのは無理かもしれません。私たちにとって、それはとても疲れることです。しかし、意識というものが自分の住む世界を左右していると知るなら、少しは、目覚めのための努力も意義がある行為です。

私たちの意識がもう少し目覚めたなら、世界は違ったものになることでしょう。悪影響を全く無視して、奨励する治験中のワクチンを進んで受ける人は減るでしょう。ネオナチに支配され、乗っ取られたウクライナを攻めるロシアを、ただ悪魔の所業だと決めつける人も減るでしょう。

その反面、私たちの意識を牢獄に閉じ込めておきたい存在もいるのです。

ワクチンの弊害や、ウクライナ問題の核心を知るには、少しの時間に適切な動画を見るだけで、意識は少し変わります。しかし、多くの人の興味は、そこには無く。グルメ、ファッション、アイドル・・・それらを娯楽に繋げて催眠術のように、意識は魅了され空っぽになっていきます。人間は、生きるための本能があるため、そこを刺激されると弱いのです。美味しいもの。美しい異性。快楽への欲求・・・これは悪いことではないですが、ずるい人々は、この欲求を利用し、自分の思うがままに人の意識を操作しようとします。マスメディアというのは、そのための最も有力な手段です。

多くの人々、未成年者は、朝から学校へ行き、その後は塾へ行き、または部活動に力を注ぎ、一日の多くの時間を他人の指示のもとに活動します。成人は、朝から夜遅くまで仕事に追われ、経営者か株主のためにお金を稼ぐために労働をさせられます。こういった大多数の人々は、自分のための自由な時間が限られて、その時間は、当然のごとく自分の欲求を満たすために使われます。ストレス発散のために飲酒をし、異性に構われるためにしかるべきお店に通い。また、自分の趣味のために僅かな時間と、稼いだお金の多くを使います。或いは、スマホのゲームやアイドルの活動する姿に、自分だけの別世界に逃避をします。これは、悪いことではありません。しかし、そういった世界は、誰かによって構築されてしまった。誰かが制限をしてしまったということを理解している人は少数です。

もちろん、そういった世界に満足している人に何も言うつもりはありません。「どうぞ、お幸せに。」というだけです。しかし、周りを見るなら、不満を訴えている人が当たりまえのごとく溢れています。多くの人が自分の意志で人生を選択していないのです。それが当たりまえだというなら、その思考が囚われていると考えたことがあるのでしょうか?歴史を見るなら、そんな自由な世界など存在しないと結論できるでしょう。しかし、過去と今は違っていい。今は、方法によって世界が変われる可能性を秘めています。経済の偏りを解消するだけで、人々の生活は変わります。それが格差を解消するということではないのでしょうか。

もし、今までと違った目で世界を見るなら、私たちが自由だと錯覚させるシステムの中で、盲目の家畜として飼いならしている存在がいることに気付き始めるかもしれません。そうさせてくれない意識は、既に監獄の中で自由を奪われていることになっていると僕には感ずるのです。


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