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本が"いつも"に戻してくれる

こんばんは。

また日があいてしまいました。

ようやく夏休みも終わり授業が始まり、頑張って元の生活に戻ろうとしているところです。

前回noteでも書いたように、夏休み中は本当にのんびり好きなように過ごしていたので、情報が多すぎる大学生活に急に引き戻されて、正直ちょっと疲れてしまっています。

友達に会えるのはうれしいけれど、一日に何人もに会って喋ると、どっと疲れる。 友達が苦手なわけではなくて、私のキャパが小さいだけ、もしくは何だかんだ気をつかってしまう性質のせいです。

あぁ本当に私は、ひとりの時間が必要なのだなあ、と痛感しています。

・・・

そんなバタバタの中でも、本を読んでいると安心できるな、と今日は気づいたのです。

朝、いつもの電車に乗りながら、保坂和志をぱらぱら読んでいました。

以前から電車移動で保坂和志を読むのが好きというか、ルーティンのようになっていたのですが、夏休み中はそれをしていなかったので、電車で本を広げることが久しぶりだったのです。(しかもつり革に掴まりながら)

何度も読んだことのある一冊、手になじんだ感触。

いつ読んでもどこを読んでも、不思議と穏やかな気持ちにさせてくれる話。

なつかしいなあ、この感じ…と思いながら読んでいたら、電車は目的地に着いていました。

それだけで、朝のその時間だけで、ちょっと救われたというか…
自分が "いつも" にちゃんと戻れたように思いました。

大学のキャンパスはいつも人がいっぱいで、朝はまだしも昼なんか、本当にどこからこんな元気な若者が集まってくるのかという騒がしさで、歩くだけで何か搾り取られるような気分になるのですが(笑)

それでもちょっと空いたスペースで本を広げたりすると、やはり落ち着きました。

本の内容にも依りますけどね。
私にはなれ親しんだ「この一冊」「この作家」というのがあって、良かったなあと思います。

・・・

本をさっぱり全て手放して、電子書籍生活、というのも悪くはないのかもしれませんが、

私はやはり、紙の本を手に持って歩く人間でいたいなあ、と今は思っています。

伊藤計劃の『ハーモニー』<harmony/> という作品の世界では、紙の本などはほとんど手に入らなくて、紙で読みたい主人公の友人は特殊な業者などに頼んでデータを "製本" しているのですが、

近い未来、そういうことはふつうになるのかもしれませんね。

全てがデジタルに還元されている世界に生まれ育ったら、紙の感触なんて分からないし、ほしいとも思わないでしょうし、

私が今日、電車で保坂和志をぼんやり読んだ時の心持ちも、きっと味わうことはないのでしょうね。

何も本に限らず、持てるべき色々な感覚が、私たち自身のものでは無くなっていく。

そんな方向に世界が進んでいるような気がして、こわいというか、寂しいというか、そんな感情を時々覚えます。

ちなみに伊藤計劃の『ハーモニー』<harmony/> はこちら。

私、伊藤計劃なんかも好きなのです。
最近は佐藤亜紀とかも読みます。

佐藤亜紀はただただ面白くてどんどん読んでしまいますけど、伊藤計劃は読みながら苦しくなって、読み終わった後はもっと苦しい、という感じですね。 
ハーモニーは本当に苦しい、息が詰まります。でも超、好きです。

(ちなみに最初に読んだ伊藤計劃は『虐殺器官』で、高校生の時でした。
 ショックを受けました。)

・・・

あぁ、また、話があちこちに。(笑)

とにかく本は良いよねってことで。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
また書きます。

それでは、おやすみなさい。

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うれしいです、ありがとうございます。
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Imaka

東京で一人暮らしの学生です。 4年生になりました。日記をつけてみたいと思ってnoteを始めました。 自然と珈琲が好きです。
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