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放射線育種は終わった技術なのか?

はじめに

いわく、

  • 放射線育種法で生まれた米の品種はたった一つで、優れた特性もなかったので普及していない。

  • 放射線育種場という施設では、他に成果もなく、閉鎖されてしまった。放射線育種法は国際的に一時的に注目されたが、箸にも棒にもかからない突然変異体ばかりが出た。

  • 現在は一部の形質だけ優れている品種・系統を交配してオールラウンドに優良な品種を得ようとする手法に戻っている

これらは、嘘を並べた情報操作あるいは放射線育種法というキーワードをみかけて、不勉強なまま垂れ流した冷やかしです。
 放射線育種法(品種を改良する手法を育種と言います、”育成”して”品種”を作りますから”育種”です)は、他国を侵略したうえ核兵器使用をチラつかせ続ける大国がある今こそ、研究開発者が「放射線技術は平和利用こそ正しい!」と訴えるメッセージでもある これからの技術なのです。

放射線育種法で生まれた米の品種はたった一つで、優れた特性もなかったので普及していない のか?

 放射線育種コメ品種は、他にも「初山吹」など100品種余りがあり、「コシヒカリ環1号」もそうですから、1つしか成果がないというのは誤りです。
 初の放射線育種イネ品種「レイメイ」(1967年)も「なんとかして腹一杯ご飯を食べたい」という時代(1959年:平年収量が10a当360kgと現在の67%)に開発が始まり、作り易くたくさん穫れ、早く収穫出来ることから 新潟県では水田面積の半分くらいまで(全国では日本のコメの7%分、米袋の12個中の1個はレイメイ) 13年間作られました。1つのコメ品種は、育成に10〜15年かかって次の品種に交替するのが普通ですから、ヒットを飛ばした普通の品種だと言えます。
 とくに新潟県では中央部を中心にレイメイがたくさん作られすぎて、ある年東京のコメ業者にJAの幹部が呼ばれて満杯の米倉庫に案内され「売りにくいコメ(味が良くなかった)がこの通りの在庫量だ、どうしてくれる!?」と叱られたというエピソードすら残っているくらいです(時代は日本がコメの自給を達成して 政府を経由せずに直接消費者へ米を流通させる自主流通米制度が始まって間もなくですから、50年以上前に「美味しい米を」という強いニーズがあったことがわかります)。
 日本酒の原料米品種でも、「たかね錦」を倒れにくくした「美山錦」は、現在も醸造用コメの5%を占める東日本酒米の主要品種です(農水省'23)が、これも放射線育種品種。
 他作物では近年、アレルゲンを少なくしたダイズ品種「ゆめみのり('04年)」がデビューしており、果樹ではなんといっても「ゴールド二十世紀」、黒斑病という恐ろしい病気を克服して 味は元品種「二十世紀」のままという優れ物があってこれも放射線育種品種。
 またアメリカでも「Calrose 76」と言うイネ品種が放射線育種法で育成されており、美味しいカリフォルニア米と言えば1976年以降ずっとこの品種でした。現在もその子孫品種がカリフォルニア米のほぼ全ての生産シェアを占めています。
 このように放射線育種法の成果が1つだけなどということはありません

突然変異というのは、悪なのか?だから放射線育種も悪なのか?

自然現象を応用したもので、悪ではありません

 突然変異とは、宇宙からの放射線や、もともと遺伝子DNA複製の仕組みが完ぺきではないことを要因として自然に、親とは異なる遺伝子DNAを持ってしまい、親とは異なる形質の子孫が生まれる現象です。
 突然変異は、1927年にMuller が「親にX線を照射することで、その子孫に 親にはなく変わった形質の子孫を生ませることが出来る」と「親とは違う子孫→より良いものを選ぶ」品種改良法の基本を見出したことから、人工放射線による突然変異を利用する育種法 すなわち放射線育種法が開発されました(1946年ノーベル賞を受賞しています)。
 現在は 遺伝子DNAを親とは異なるものにする原理(化学物質、DNA複製酵素など)が技術として、何らかの形で突然変異育種法に利用されています。

ここで放射線育種法は、遺伝子DNAを壊すから危険だなどというのは、ご自分の遺伝子DNAについてもよくわかっていないから出来る主張です。たしかに放射線育種法ではこれまで、遺伝子DNAの1つを欠失させたり・変えるような変異(SNP)が多く見つかっています。
 しかしヒトの遺伝子DNAが30億対あるうち、個々人で異なるSNPは、8470万個(2.8%)も見つかっており、イネでは4.5億対のうち、1860万個(4.1%)のSNPが見出されています。
 もしも遺伝子DNAの1つを欠失させたり・変えるような変異(SNP)で死んでしまったり、猛毒の何かに変わったりして危険だというなら ヒトなら100万回は死んでいるという(Condrashov1995)論文もあります。
 さらに遺伝子DNAを数日で全て読んでしまうような解析技術が普及して、様々な突然変異誘起法で得られた突然変異イネの、どこにいくつ どのようなDNA変異があって、それは見た目に分かる突然変異とどんな関係にあるのかという研究がいくつも積み重ねられています。
 そのなかには、コシヒカリ環1号の改良に使われた炭素イオンビームも、従来のガンマ線照射も、一度に41品種を対象にしたものも、可能な限り沢山の突然変異を詰め込ませる研究もあり、最大遺伝子DNAの9%まで変異したイネまでもが得られていますが、有害な何かを作り出したという報告は皆無です。(3rd/Dec. '23二段落を追加)
 このように、 放射線育種法でよく起きる突然変異は、さほど危険でないと分かって来ています。放射線を当てると緑色のスライムになるとか、体長50mのトカゲになるなどと言うのは、70年前のSF物語です。

同じ放射線でも、ガンマ線と重粒子ビームを用いた手法は違うという声については、福島原発の処理水問題において「核燃料に直接触れた水と金属管などを通して放射線を浴びた水は違う物だ」というデマ主張があったように、非科学的で誤った主張です。

 アインシュタインの有名な数式「エネルギー=質量×(光速の二乗)」があります。

アインシュタインの数式

 我々が粒や固まりだと思っているものは、実は光(電波・電磁波・光波)という波の集まり(渦)であって その速さ(秒速30万km)をかけ合わせたくらい大きな数字のエネルギーと等価なのだ という意味の数式です。
 つまりざっくり言って ガンマ線は粒と言えないほど小さい粒(=低いエネルギーの電波)、重粒子イオンビームは電子顕微鏡でギリギリ見えるくらいの粒(=より高いエネルギーの電磁波)と 粒であり波である点で同じものです。
 ですから放射線育種法においては、より高いエネルギーの波(粒)を照射するときはより短時間で、低いエネルギーの波(粒)を照射するときはより長時間かけて突然変異(DNAの1つを欠いたり、その後修復させて別部品に入れ替えさせたりする)を促すという違いがあるくらいで、基本同じことをしている(光を当てている)技術なのです。
 これからの技術:重粒子イオンビーム育種法(高エネルギー)も、これまでの技術:ガンマ線育種法(弱エネルギー)も、同じ突然変異を起こさせることでこれまで多くの品種を輩出してきた放射線育種法としては同じものです

ただし、放射線育種法にどうにもならない突然変異が出たというのは一部当たっています。遺伝子DNAのどこかに当たれ と放射線を照射するわけですから、葉緑体がなくなったり茎が一本になったりと よろしくない突然変異も多数出ます。「コシヒカリ環1号」の場合、25000粒の種子から選ばれていますし、それほど少ない種子から品種改良が始まってはいないわけです。交配育種の場合は、かけ合わせて出る子孫600〜4000株から選び始めますから、目的の性質を持つ子孫を作るのは大変です。
 それでも農業技術者は、日頃より良い子孫を選ぶ眼を鍛えることで、突然変異子孫の中から新品種になりそうな子孫を見つけ出そうとするのです。

放射線育種は、一時流行っただけの終わった技術なのか?

 放射線育種法が一時注目された過去の手法であるように言うのは、情報と国際社会認識が古すぎます。

 2018年農水省放射線育種場が閉鎖されたのは、放射線源を置く中心から360度円盤状に広い畑を設置し、ゆっくり突然変異を待って運営する方式を予算不足で改めたためです。大学の運営交付金(毎年研究のために交付される予算)ですら、かつての30%未満に減額されていることもあるように、国の研究予算は少なくなっていますから仕方のないことです。そこでTIARAなどの重粒子ビームを種子に照射できる施設利用になったわけです。
 もともとがん治療に使われることで著名な重粒子ビーム照射法、直径数ミリのがん病巣に当てるわけですから、これまでのガンマ線照射法とは違って比較的高密度のエネルギーで 高いエネルギーの放射線が照射されます。つまり広い圃場と いずれ放射性廃棄物になるコバルト60などを使わず、電磁石でリニアモーターカーのように加速した電磁波(イオンビーム)を短時間で小さな種子群や脇芽群に照射する方式です。

 一方国連・FAOが国際シンポジウム(‘18年)を開催し、その後「持続可能な食糧生産と気象変動に対応するための突然変異品種改良法 Mutation breeding for sustainable food production and climate resilience」という英文教科書を出版したのは、2023年です。ロシアがウクライナ侵攻で核使用をちらつかせる中、放射線技術の平和利用を再度確認する意味でも 今こそ研究開発者が「放射線技術は平和利用こそ正しい!」と今こそ訴えるメッセージが 放射線育種法なのです。

 さらに、品種改良(育種)を 「オールラウンドに良いものが出る」ことを目標にしているなどというのは、新製品(新品種)開発に係わる 経済を理解していない言葉です。

 品種開発には時間がかかりますが、それは基本のひとつとして「現在出回っている商品(農作物とその加工品)の問題点を改良する」ために行います。10年・20年後に出る品種が売れないものであったなら、農業者は経営が立ちゆかなくなりますから当然ですね。
 これまで直径5ミリであった生産物を いきなり直径10cmにしたら、生産時の装置も 選別時のラインも 流通用の運搬方式・コストも変わって、対応費用が莫大になってしまいます。
 したがって元の品種とあまり変わらず、特徴的な性質だけが突然変異によって変わっている突然変異育種(放射線育種を含む)は、非常に優位点を備えた品種改良法とされるのです。

 もちろん両親かけ合わせて、その子孫から良いものを選ぶ交配育種法でも、両親のうち片方は 変えて欲しい課題点を抱える現行主要品種を選ぶのが基本ですし、とくに利用する部位(米粒・果肉・背丈など)の形質はなるべく元の品種に近いものをもった子孫を選ぶのです。
 このように交配育種法が「オールラウンドに良いものが出る」より優れた育種法であるような認識は、間違いです。
 良く流通している品種を元に、抱える問題点が少しでも改良された変わりもの子孫を選び出すのが品種改良の基本であり、放射線育種法はピンポイントに形質を改良できる点で優れた品種改良法なのです。

以上のように、放射線育種は、一時流行っただけの終わった技術ではありません。
 農水省放射線場が閉鎖になったのは財務省が研究予算を減らしたためですし、SDGs:持続可能な食糧生産や地球温暖化:気象変動に対応できる手法として本年2023年に新しく教科書が出た技術ですし、商品(品種)開発の基本の1つは充分実績のある品種の「こうだったらいいのにな」点を克服することなので 放射線育種法が有利な側面もあります。

乾いた水田とまだ幼いイネ株

以上のように、ネットで流布される

  • 放射線育種法で生まれた米の品種はたった一つで、優れた特性もなかったので普及していない。

  • 放射線育種場という施設では、他に成果もなく、閉鎖されてしまった。放射線育種法は国際的に一時的に注目されたが、箸にも棒にもかからない突然変異体ばかりが出た。

  • 現在は一部の形質だけ優れている品種・系統を交配してオールラウンドに優良な品種を得ようとする手法に戻っている

のような情報は、嘘を並べた情報操作 あるいは放射線育種法というキーワードをみかけて、不勉強なまま垂れ流した冷やかしです。

  • 放射線育種法で生まれたコメの品種は100以上あり、単独品種で日本のコメの数%を占めるほどのヒット作もある

  • 国の放射線育種場が廃止されたのは、予算不足によるもので、得られるのが同じ突然変異体なら重粒子イオンビーム医療施設を借りれば良いでしょう、という財務省判断による。

  • 放射線育種法は国際的に一時的に注目されたが、箸にも棒にもかからない突然変異体ばかりが出たので捨てられた手法などではなく、大国が核兵器をちらつかせる今こそ「放射線技術は平和利用こそ正しい!」と訴えるメッセージにもなる、教科書が2023年に出たばかりの注目技術

  • 交配育種法がオールラウンドに優良な品種を得ようとする手法だなどというのは、産業における新商品開発の基本を知らない誤った認識で、交配育種法でも放射線育種法でも広く売れている商品(品種)を元にして 抱える課題を改良するのが基本のひとつ。元の品種をピンポイントに上回る形質の子孫が得られやすい放射線育種法は、交配育種法にはない優位点を持っている。

が正しい認識です。

むすび
 「放射線技術は、平和利用こそ正しい!」「持続可能な食糧生産と気象変動に対応するために、放射線育種法などさまざまな品種改良法で優良な品種を作ろう」としているのが品種の研究開発者だと、任せていただきたいです。
 そうすれば2023年のような 水田内気温が50℃に達するほどの炎天下で黙々と数万に及ぶイネ株を選び、秋からは数千に及ぶ品種候補達のお米を試食し続ける・果物なら灼熱のガラス温室で繊細な交配技術をこなし、口が曲がるほど酸っぱい品種候補達の果肉を試食し続ける研究開発者たちも報われます。
 科学的に誤っていたり、スピリチュアルですらあるような情報が垂れ流されていたりしても、品種の現役研究開発者は守秘義務や本庁の許可が得られないため 解説も訂正も反論も出来ません。

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