塔の主人

 ヴュルガー塔、というものがある。
 大陸の西の端。一年を通して激しい潮風にさらされるその場所に立つ塔は、近づくものを拒むかのように漆黒一色で覆われている。さらには入り口も地面から浮いたところにあり、なんの準備もなく近づいたとしてもその玄関をノックすることもできない。
 それもそのはず、ヴュルガー塔は近づくものを拒むことが目的で建設されたものであり、ヴュルガー塔の主人であるナソコ・ヴュルガーが塔から出た姿を見ることはほとんど無い。
 では、ナソコは食事をどうしているのか。ヴュルガー塔から誰かが食料の買い出しに出てきたところを見たものは誰もいない。そのため、ヴュルガー塔のあるルッケン市の市民たちは、ヴュルガー塔の主人は何も食べなくとも生きていける超人なのだ、という人から、夜な夜な塔から抜け出しては人知れず人を攫って食ってしまう怪人なのだ、という人までヴュルガー塔の主人について様々な憶測を交わしている。
 特にその話題が舌に乗せられるのがこの季節。夏が終わり、冬の手前の秋の頃だ。なぜなら、ヴュルガー塔の近くには百舌が多く住んでいる。そして秋になると百舌は屋敷の近くの枝に獲物を次々と突き刺していき、まるで何かの儀式を行っているかのような様相なのだ。


「・・・・・・ねぇ、知ってる?ルッケン市で行方不明者がまた出たんですって」
「ほぅ、行方不明者。最近多いですね。たしかに恐ろしいですが、わたくしはお嬢様が塔の外に出ることなく塔の外の情報を知っていることの方が恐ろしいです」
 ヴュルガー塔の窓から、外を眺めているナソコの後ろで、コーヒーを入れながら侍女長が淡々とした調子でナソコに言葉を返す。
「私がどうやって外のことを知ってるかなんてどうでもいいの。そんなことより人攫いの件よ」
「いつの間に人攫いになったのですか。先ほどは行方不明ということでしたが」
「それもどうでもいいことだわ」
「どうでもいい・・・・・・ですか」
 コーヒーを入れ終わった侍女長がコーヒーとともに疑問をナサコに向ける。
「そう。どうでもいいのよ。攫われたのは多分女性だし、攫ったのは忌々しい野郎だわ。大切なのは、その犯人として私が疑われている。その事実よ」
「・・・・・・疑われて・・・・・・いるのですか?」
「えぇ、ほんとに不愉快だけれど。まぁ、こんな僻地でほとんど人の前に顔も見せないような人がいたら、疑われるのは仕方がないと思うけど。それでも男と一緒にされるのは心外だわ」
「まぁ、お嬢様は男性恐怖症で、それをこじらせてこんな塔の中でくらしているような人ですからねぇ・・・・・・。そりゃあ、男性と同じ扱いを受けるのは気持ちのいいものじゃないとは思いますが」
「仕方がないでしょう。生家にいたのでは来客で男どもがひっきりなしに屋敷に現れるんだから。塔の中で暮らせるのなら塔の中でくらした方が万倍ましだわ。それに私じゃなくたって犯人扱いを受けるのは気持ちのいいものじゃないんでしょう?」
「えぇ、まぁ」
「まったく・・・・・・。太陽の加護なんて一体どこに働いているというのかしら。本当に太陽の加護があるというのなら、人攫いなんて大罪は実行に移す前に太陽に焼き尽くされるはずでしょ」
「太陽の加護が働くのは、太陽経典の教えを守っている信徒たちだけですから」
「そう。太陽も心の狭いことだわ」
 ナソコが侍女長に淹れてもらったコーヒーを口に運ぶ。
「さて、ここしばらく籠城していたし、久しぶりに塔の外に出ようかしら」
「速贄を作られるのですか?」
「犯罪者にはふさわしい終わり方でしょう?」
 そう言って、窓の外から侍女長の方を向いたナソコは、その顔に妖艶な笑みを浮かべていた。

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