妻の求めるものを求めて

 客の誰もいない店内に、一人の男が入ってきた。店主である老女は、その男をちらりと見ただけで、それまで続けていた読書に戻る。口からは紫煙を燻らせ、とても客商売をしている人間には見えない。
 そんな老女が座るカウンターに、一枚のコインが置かれた。
 老女が再び視線を男に向ける。
「こんなことされてもうちは何も扱っちゃいないよ。たまたまうちの家名がopenってだけで。まったく・・・・・・。はた迷惑な話だよ、ただ表札を掲げてるだけでよそ者が土足で上がり込んでくるんだからね」
「秋の宝石が欲しい」
「だから、うちは何も取り扱ってないんだって」
「我が名はカリリカ。我が妻が秋の宝石を望んでいる。故に秋の宝石が欲しい」
「カリリカ・・・・・・。あの一妻多夫の色狂いかい。知らないよ。あんたんとこの嫁さんに返ってこう伝えな。町中探しましたが見つかりませんでしたってな」
「・・・・・・城の下の隠し通路。秋風の吹く一番街。地面を叩くは熟れすぎた柿」
 男の言葉に、老女がため息をつく。
「はじめからそういいな。わたしゃただの老人で別に店とは何の関係もないんだからね」
 老女は文句を言いながら、カウンターに男を招き入れた。
「オープナー、感謝する」
「その名前、二度と使うんじゃないよ。今度聞いたらその腹開いて中のもの全部ぶちまけるよ」
 男が震えながらカウンターの内側に入り、店の奥へと消えていく。男が消えた店内では、老女が読書を続けるだけの部屋へと戻った。

 互いの顔も確認できない程度の明かりしか灯されていない部屋に、いくつかの人影がある。それらの人物は、互いに距離を取り、部屋の中で思い思いに過ごしていた。そんな部屋に一条の光が差した。部屋の中のモノはその光りに対して憎々しげな視線を向けた。
 そんな視線に晒されながら、部屋に光を招き入れた人物はどこか怯えた様子で部屋の中を横断する。怯えた様子で歩くが、しかしその歩みを止める気は無さそうだ。ついに部屋の再奥で椅子に腰掛ける老人の元へとたどり着く。
「突然の来訪申し訳ない。この度はダンジョンの再奥にあると言われる秋の宝石を獲得するため、その援助を頼みに参った」
 男がダンジョン、と口にすると、それまで手元の何かに注視していた老人が顔を上げる。ダンジョンとは、この国の城の隠し扉をくぐった先にある魔物が出没する訓練施設だ。この国の兵士は、ダンジョンに潜ることでその腕を磨き、その甲斐あって周辺諸国からはその武力を恐れられている。
「・・・・・・誰だい、あんた」
「我が名はカリリカと申す」
「そりゃ家名だろうが。あんたの名前を聞いてんだ、わしゃ」
「これは失礼を。我が名はカリリカ・マリゥ。我妻カリリカ第3亭主である」
「なるほど。さて、早速だが、秋の宝石を取りに行きたい、とのことだが、あんたはいったいどの程度の腕前なのかね?」
「・・・・・・と、言いますと」
「わしらは確かにダンジョンに潜る際に腕を貸す。・・・・・・が、勘違いされると困る。わしら別に護衛でいくんじゃない。誰かを気にかけて戦うのなんざクソ食らえだ。だからこそ、あんたがどのくらいの腕前なのかが知りたい。わしらが手を引き、道を整えてやらんと歩けんような相手ならその話は受けれんな」
「・・・・・・なるほど。話はわかり申した。ならば、今この場で我が腕前、我が技量試してみるとよろしい」
 マリゥがそういった途端。まるで狙っていたかのように背後から黒刃が襲いかかる。光の反射を抑えるためにその表面を塗料で塗ったその刃は、暗い室内で目視するのは難しい。
 しかし、その黒刃を、マリゥは半歩右に移動しただけで回避する。黒刃を回避したマリゥだが、息をつく間も無くその頭を狙って矢がマリゥの左から飛んできた。マリゥはそれをしゃがんで回避。しゃがんだ姿勢から後転すれば、それまでマリゥが居た位置に天井から槍が突き刺さる。
 剣、矢、槍。三連続のその攻撃を回避したマリゥは後転の勢いを殺すこと無く立ち上がり、右斜め前にいる老人に顔を向ける。
「腕前としてはこの程度でよろしいかな」
「結構。では、これを持って行きたまえ」
 マリゥの言葉に頷いた老人が、懐から一粒の宝石を取り出した。暗い室内で、その宝石は自ら橙色に輝いている。
「・・・・・・これは?」
「あんたが欲しがっていたものじゃ。秋の宝石だよ。ダンジョンに潜って取りに行くよりも、こっちで保管しておった方が面倒がないじゃろ?」
「それは・・・・・・そうだが」
 これからダンジョンに潜って宝石を取りに行こうとしていただけに、マリゥは戸惑いの声を上げる。
「もちろん、タダでやるとは言うてない。これもついでに持って行け」
 老人の言葉で、マリゥの左隣から何かが放られた。マリゥの足元に転がったそれは、ベシャリ、と湿った音を立てる。暗い室内、秋の宝石の光を頼りにそれを注視すれば、それはつい先日マリゥよりも先に秋の宝石を求めて屋敷を出たカリリカ第5亭主だった。
「武力が少し足りんかった。偉そうなのは口だけじゃったな」
 どこか退屈そうに口にする老人は、頬杖をついて、まるで読み終わった本の感想を口にするかのようだ。
「・・・・・・では、お言葉に甘えて秋の宝石はいただいて行きます」
「あぁ、また何か用があれば訪ねてくるとよい。あの三連撃を血の一滴もこぼすこと無く交わしたのはあんたが久しぶりでな。また遊ぼうぞ」
 あれが遊びとはとんでもない。マリゥは掠ること無く回避しきったが、もう一度はやりたくない。弱みを見せるといけないと思い平静を装ってはいるが、今でもマリゥの心臓は早鐘の様相を呈している。
「では、これにて失礼します」
 マリゥは一礼すると、二つの荷物を持って部屋を後にした。

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