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人のおっぱいを笑うことなかれ

大学2年生の夏、左胸を手術したことがある。
なんだか痛くて痛くて、母にボソッと「痛いっす」と嘆いたら「とりあえず病院に行きなさい」と言われた。珍しく心配した母が病院までついてくるというもんだから、そんな大事にせんどいてくれよと軽い気持ちで病院にいった。

検査終わったらあんみつ食べたいとか、そんないつもどおりにわたしはふわふわしながら、大学病院の廊下を歩いている若い兄ちゃんを見て育ちが良さそうな顔してるななんて、心底どうでもいいことを考えてたはずだった。

初診で会う先生は、わたしの胸をエコーで診るなり深刻な顔をしだすから、嫌な予感がした。そこからされるがままにいくつか検査をされた。注射器で胸をさされて細胞を搾取されるやつだけは本当に痛くて痛くて正気を失い叫んだのを覚えている。どんな拷問なのか、思い出すだけでぞわっとする。

後日、改めて病院に行ったら
「手術しましょう」と言われた。

目の前のお医者さんは、何度でもそのセリフを口にだしてきたのだろう。動揺もなくて、動揺しているわたしが間違っているのかと思えるくらい冷静だった。

悪性ではないけれど、あまりにも腫瘍が大きすぎて左胸の負担になっている、これから大きくなるタイプのやつなので、ここで切ってしまいましょう。全身麻酔です。麻酔科の担当を紹介しますので。
簡単にはこんな感じである。母の声と、坦々としたお医者の声に、わたしはもう動揺が隠せなかった。

その夏、海には行けなくなったので、水着を買うお金が浮いた。その金でなぜかわたしはスタバのケーキを片っ端から食べた。当時わたしはスターバックスでアルバイトをしていたというのもあって、コーヒーとケーキを合わせて食べるのが好きだった。
保冷剤はつけてくれないから、真夏の高い空の下をなるべく早く、まるで競歩のように家に帰った。
ニューヨークチーズケーキの下のクッキーを食べながら「わたし、大丈夫なのかな」と泣きたくなったのを覚えている。わたしのおっぱい、大丈夫なのかな。そんな不安でいっぱいだった。

鏡にうつる傷のない胸を、どことなくいびつな、あるはずのないものがいる左胸をじっと見た。見つめた。そこにいみなんてなかったけれど、とにかく目に焼き付けたかった。

かくして、おおむね貧乳の分類に入るであろうわたしの左胸は、無事にしこりが取り除かれたため、なんか縮んだ。
クソめ、とモヤモヤしたくやしさを抱えたのもまた事実、いまもなお消えない傷が左胸にある。お医者さんは「いつか消えるから」っと言ったけど、いつかっていつくるんだろう、待ってもう4年がたちそうなんですけれども。

なぜこの記事を書こうと思ったのか、その理由は1つだけで、さくらももこさんが亡くなったという知らせを受けたからである。そういえば、初めて買った文庫は『もものかんづめ』だった気がする。青い鳥文庫を卒業して、初めて大人の仲間入りをしたのが、さくらももこさんの作品だった。

亡くなった病名が「乳癌」だったと知って、わたしは言葉にできないくらい悲しい気持ちになった。その命を奪うのは、女性が赤子の命を育てるために捧げるその胸なのだ。

今、乳癌で苦しんでいる方たちは確かにいるはずで、苦しみから解き放たれたとしてもいつか苦しんでいた歴史のある人がいるのも事実で、
乳癌というのは、どうしてそんなに女性の命を奪うのか、わたしは悲しくて仕方がない。

わたしは良性だったけれど。
それでも、メスを入れて自分の胸の一部がなくなってしまうというのはとても怖かった。
傷はまだ確かにここにあって、消えてくれない。

今、見えないどこかで苦しみと闘っている女性が確かにいるのだ。そして、さくらももこさんの死を受け、理解し得ないほどの悲しみを抱えているのだ。その現実に、わたしは意味がわからないほどもどかしい。
なにもできない。
同じ女性なのに。

あの時ちゃんと病院に行っててよかったな、と思う。行かなかったら、もっと大きくなってもっとメスを入れていたかもしれない。
異変に気付いた時には、すぐに病院に行ったほうがいいのだと、強く思う。恥ずかしくなんてないのだ。

貧乳だとバカにされ、大きいと艶かしい視線を受け、はて。世間は女性の胸を一体なんだと思っているのかと、大声で言いたい。
いつからセックスシンボルになったのか、てかもういっそ硬くていいじゃん柔らかいのが悪いんじゃないかとか、そんなことばっかり考える。
そこに病気が潜む可能性なんて考えてくれなくて、ただ性の対象として見るのだけは、本当にやめてくれと声を大にして言う。

なければ乳癌なんてものもきっとなくなるのに、でもなければ我が子に栄養を与える術もなくて。だとしたら守るべきものであるはずなのに、男性はイマイチわかってくれない。

そう、
人のおっぱいを笑うな。
人のおっぱいで笑いをとるな。
愛しいたった1人の女性のおっぱいを大事にしろ。あとの女性のそれには、興味があってもないことにしてくれ。あってもいいから。
何を言ってるかわからないと思うが、つまりもう、そう言うことなのだ。

思っている以上に、いろんな病気があるんです。
胸だけではないにせよ、尊い才能人の命の灯火をたやすく消してしまう乳癌の怖さに、わたしは恐れおののき、悲しみがとまらない。

だから、少しでも女性が乳癌で苦しむことのないように。はやめに異変に気づけるように。
ちょっとだけ説得力があるかもしれない経験談を用いて、今日もわたしは書くのです。

#エッセイ #さくらももこさん #ピンクリボン



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