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夜景をつくる、働くあのひとへ花束を

東京の夜景は、誰かの残業のおかげでやけに綺麗だ。あのビルが夜でも輝いているのは、名前も知らないどこかの誰かが今も働いているから。港のデートスポットがキラキラしているのは、デートなんて目もくれず出勤している人がいるから。

あの建物の中で何をしているかも、何を作っているのかもイマイチわからないけれど。
ただ、ビルという縦に長い物体の中に人がひて、誰かの働かない時間に働いている人がいる、それだけのこと。
それが、ちょっとした夜景を作るなんて。
働くから、輝くのなんて。
なんだかちょっと、皮肉。

気づけば、終電がなくなるくらい夢中に働く毎日。
ここ最近はずーっと仕事で、記事を書いて編集して、書いて編集して、書いて書いて書いての繰り返しで。
540wのインタビューとか、384wのキャプションとか。短いから難しいんだってこと、わかっているからモヤモヤする。
うまくかけないもどかしさとか、書き直しになったあの原稿とか、必死につくってやっと形になったあのレイアウトとか。

起きてから寝るまでずっと、年末年始も原稿の生活だったので、さすがにもう頭を使うのが嫌で。崩した体調は無理やり元に戻して、夜はゲーム実況を真顔で見ていつの間にか寝て、えっ朝きたんだけど、の繰り返し。ビタミンが欲しくてみかんを食べまくってるけれど、どうやら手は黄色くならないみたい。

ふとみたネットニュースでは、某雑誌が炎上していて。
ああ、そうやって読者の事を考えない企画をだすから、出版社は終わりなんて言われちゃうんだよ。と、心の中で呟いてみる。

形になっていく仕事をしているのは嬉しくて、なにかに夢中になると1日はすぐに終わる。
楽しい仕事だけれど、必死になりすぎるとわからなくなる。わからない。

夜中の電車はわたしを待ってくれない。乗れないあの大きな箱が、最近はやけに恋しい。
明日やるべきことを考えながら乗ったタクシー。
今日は、珍しく女性の運転手さんだった。

音楽を聞くのもめんどくさくて、イヤホンをしないまま外を眺めていた。明日も起きて仕事して。あの友達の誘いにどう断ろうか、そういえばあの人に返信してない、あの人にも連絡しなきゃ。ぐるぐるまわる考えがめんどくさくなって思考停止しかけた時、

「遅いお帰りですね」

運転手さんが話しかけてきた。

ここ数日はずっと残業で。そんな風に返すと、
「ちゃんと休むのも仕事ですよ」と、言われた。
多分、わたしの母よりも少し若いくらい。横顔しか見えなかったけれど、少し疲れているような、でも優しそうな女性だった。

こんな時間に、タクシーの運転を女性がしているのが、意外だった。
この時間に、女性が働いているのが。
深夜12時を余裕で超えて、お肌のゴールデンタイム真っ只中に。
帰ろうとしているわたしを送り届けてくれるのは、まだ働く誰かだった。

「なんでタクシーの運転手さんになろうと思ったんですか」

気づけば聞いてしまった。
多分疲れてたからだけど、そんなにその時は深く考えていなかった。
おそらくもう二度とこの人に会うことはないとわかっていたからだと思う。
なんとも無責任な気持ちで問いかけたら、
運転手さんがポツリと呟いた。


「娘がいるんです。わたし、離婚したばかりなんですけど、それでも娘がいるから働くんです」


誰かのために、たったひとりの誰かのために。この夜を駆け抜けて、街を照らす明かりになっている人がいるんだって思ったら、心が痛かった。
守りたいものがある人が、自分の命を使って誰かを守っている、その大切な時間に触れた気がした。

「ありがとうございました。おやすみなさい」そういって、タクシーを降りた。
去っていくタクシーは大通りを目指していて、また違う誰かを送り届けるために街中をめぐるのだと思うと、切なかった。

起業家とか社長とか。
名前の後にアットマークをつけて語る肩書きとか。
スタートアップ、ベンチャー、なんちゃらビジネス。
楽しい事を仕事にするだとか。
好きな事でお金を稼ぐとか。やりたいこと、やりがいのあること、意味のあること、意義のあること。

そんな風に華やかに謳われる、世間で言われる「憧れの仕事」の世界よりもずっと。
なんだかずっと。
心に響いた。
リアルで、強い意志を感じた。
こっちが、今の社会の本当の姿なのかもしれない。語らないところで、たくさんの人が支えてくれているということ、当たり前をつくるひとがいること、華やかな下で目立つことなく誰かのために働くひとがいること。

あの人の気持ちは、確かにわたしに届いた。
守りたいものがあるから、働く。強い心。
それと同時に、今のこの体験を書かないと、わたしは発信者として失格だとも思った。これを伝えずして、何が発信だと。

実際のところ。
ポジティブな理由だけで仕事なんて、できないのだ。
結構、無理なのだ。
だって、食っていかなきゃいけないから。
若かろうが、下積みだろうが、関係ない。
自分で稼いで生きていくために働くのである。
そのための自立で、それが大人という事で、それが人生。
稼ぎ続けるなんて、しんどいのだ。

それが楽しくなきゃもったいないとか、自分にしかできないことをしようとか。
たいそう立派だが、めっちゃ難しいし、なんならそれで偉いと思ってしまう人がでてくるから、割と意味不明なのだ。仕事に立派も憧れも、実のところないのかもしれない。その憧れは、誰が最初に育んだものなのか。
肩書きを捨てたら何が残るか、本当の意味で「社会に関わる」ということを、理解している人は少ない。

だからこそ、守るべきもののために走り回るあの人が。
多分、華やかなんかじゃなくて目立つこともなくて、「夜中のタクシーの運転手になりたい」と憧れる人も少ないであろうこの仕事を。
ちゃんとこなして、ちゃんと生活をして、ちゃんと1人の人を守っているこの強さを。
そういう「芯」がある人が、社会を支えているということを、どうしても伝えたかったのです。

あの人が、ゆっくりと眠れる夜が来ればいいと思う。
そして、当たり前みたいに夜も働く人がいるこの東京で。
明かりを見つけたら、人の存在を意識できるようになりたい。
この光の先に誰がいるのか。少しだけ、思いを馳せたい。わたしがやっていないあの仕事を、誰かがやってくれてるから、そしてその仕事をするのは、大切な誰かのためでもあるのかもしれないということを。

知らないところで、見えないところで社会を支えてくれて、「ありがとう」と花束を贈るのだ。
大切な人を守る力が、社会を支えている。
切なくて暖かくて、今は寒い東京のすみっこで。
ひっそりと、そんなことを思うのです。

#エッセイ

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