想像することでしか、わかりあえないや

自分以外は、全員他人だ。個人が生きる世界に、他人でない人間などいない。家族はもちろん、どんなに心を許した友達がいても、愛を誓い合った結婚相手がいても、その誰もが他人だ。自分とは違うものを見て、聞いて、触れて、感じて、その人なりの世界を育み形あるものになった、別の生き物。それに例外はないと、24年間生きてきたわたしは思う。

みんな他人なのだから、その人間関係はいつだって脆い。出会いはある日理由もなくやって来るのに、すべての別れには必ず理由がある。他人同士なんだから、この縁がいつ途切れるかなんてわからない。いつ、相手が自分にとって不必要になるか、自分も相手を求めなくなるか、わからない。
だから、親しき仲にも礼儀ありなのだ。慣れ親しんだ関係にも、敬いと思いやる心を忘れてはいけない。相手も自分も成長し続けて、お互いに別の世界を生きていくのだから、変わらないでいるなんて、無理なのだ。変わらないようにみえて、みんな変わるのだ。
いつ壊れるかわからない関係で、相手の全てを知ることなんてできない。そんな切ない世界だけれど、見えない心が触れ合える奇跡だって確かにあるのだから、お互いにいつまでも相手を知ろうすることが大切なのだと思う。目の前にいる存在が、何を思い、何に泣き、何に苦しんでいるのか。それを知ろうとして、想像して、相手の心に少しだけ近づければ、今ある大切なこの繋がりが、壊れるなんてないはずなのだ。

愛情とは、相手を知ろうとすること。
知って、受け入れること。認めなくていいから、そうあることだけをただ、受け止める。
無関心に、愛はない。

久しぶりに実家に帰った時、わたしをいじめていたグループの一人とすれ違った。
顔立ちは変わらずあの頃の面影を残していて、きっとその人だったと思う。体温は下がっていく一方で身体は熱くて、嫌な汗は止まらなくて、それでも平静を装ってすれ違う。どうか何事もないように、わたしの存在に気がつきませんように。その瞬間。

確かに目があった気がするけれど。
向こうは、わたしであることに、気がつかなった。

それで良かったと思うのと同時に、身体の力が一気に抜けて拍子抜けをした。こんなにわたしにトラウマを植え付けたくせに、お前はのうのうと生きているのかとか、ドス黒い感情が湧き出て、憎しみに飲み込まれそうになる中。怖いとか、苦しいとか、過去を思い出すと浮かぶ許せない顔は。
今すれ違った彼の顔ではなかった。
わたしが怖かったのは、過去のまま。
まだ幼いあの頃の彼だった。

忘れられない顔が、ある。

もちろん、忘れたくても忘れられない、嫌な意味での話だ。心に住み着いて、わたしの弱いところをたまに引っ掻く、厄介なアイツ。
忘れたいくらい嫌な記憶の中で生きている彼らの顔は、鮮明に頭に思い浮かぶ。あの頃のまま成長しておらず、もう随分年月はたったというのに、時が止まったようにここにいる。

その存在は、今でも確かにわたしの中にいるのに。
今を生きる彼らのことを、わたしは何も知らない。
あの頃わたしをバカにし、ブスだと笑ったあの人たちは、間違いなく過去に生きているのに。
わたしは、今の彼らを知らない。何も、知らないのだ。知りたいとすら、思ったことがきっとない。
どこで何をして、誰といて、どんな大人になったのか。
今のわたしの心を蝕んでいるのは、今を生きる彼らではなくて、過去に生きた彼らなのだ。今を生きる彼らは、わたしのことなど微塵も覚えていないのかもしれない。すれ違った、あの彼のように。放った言葉を、忘れてしまってさえいるのかもしれない。

わたしにとっての今は、彼らにとっての過去なんだ。

もしかしたら、わたしは。

本当の意味で、相手を知ろうとなんてしてこなかったのかもしれない。
わかろうともせず、寄り添うことさえおろか、相手の背景を想像するなんてこと、してこなかったのかもしれない。
何かをされた時、言われた時。そのままの意味で受け取ってしまう、単細胞人間だった。どうしてわたしにそんなことをするのか、どうしてわたしにそんなことを言うのか。人が傷つくことを平気でできてしまうのは、なぜなのか。
自分に向けられたトゲのある矢印の理由は何度も考えたくせに、原因を自分の中にあるとしか、考えたことがなかったのだ。
その人がどんな人生を歩んできて、どんなものに触れて、どこで傷ついたのか。想像力を働かせて相手の背景を考えたことが、はたしてこれまでにあっただろうか。

心無い言葉を平気で投げるあの人も。心さえないように見えるアイツも。
みんな、そうならざるを得なかった背景があるのかもしれない。どこかで何かを諦めて、心の温度を低くすることで身を守ってきたのかもしれない。わたしの知らない過去で、冷たく苦しい時を過ごしたのかもしれない。

目に見える真実だけを見つめれば、最低な言葉に最低な行動しか残らないけれど、その向こう側には、また違った世界があるのかもしれない。その時のわたしは、自分がされたことでいっぱいいっぱいで、相手を思いやるなんてことはできなかったのだけれど。
一歩ひいて、客観的に過去を見れるようになった今。
彼らが歩んできたその人生に、時間に、どうしようもなく胸が苦しくなるのは何故なんだろう。

人は、永遠にわかりあえない。
本当の意味で、全てを知って包み合うなんてことは、できない。着ている鎧を全て脱ぎ、取り繕うための仮面を全て壊したとしても。
相手の心に触れるなんて、そんな世界の奇跡みたいなことはできないのだと、わたしは思ってしまう。
できたとしても、できたことにきっと気づけない。できなくても、自惚れて知った気になって、壊れてしまうことだってあるのだ。

だからこそ、時間が許す限り目の前の存在と向き合い相手を知ろうとすることが、必要なのではないだろうか。見ている相手が全てではないということ、その心の内に自分の知らない部分がまだあるということ、それに少しでも触れるために、一緒にいるのだ。
気の合わない相手にも、嫌いで仕方がないアイツにも、自分の知らない過去があるのだ。自分には見せていない顔があるのだ。

目に見えているものが、そこにあるものが正解なんかじゃない。
見えないものを想像することでしか、相手とわかりあうことなんてできない。愛を注ぐためには、自分の世界を広げるしか術がない。
この世界で最も愚かなのは、「知らない」ということだと思う。
知らないことで偏る意見と、知らぬ間のマウンティング。男は女に、女は男に永遠になれない。本当の意味でわかりあうことなんて、きっとできない。できないから、相手を知ろうとすることが大切なんだ。男が女を語るのも、女が男を語るのも、シーソーみたいに決着のつかないお遊戯でしかない。

相手のその先の背景に思いを馳せることができたら。
少しだけ、優しい人間になれる気がするのです。こんなわたしでも、その心に触れることができたのかもしれないって、悔しくて悲しくて、もどかしくて仕方がない。

出会う人々が自分の鏡だとしたら。
心を蝕む過去の彼らも今の自分に必要で、自分に何かを教えてくれる、大切な存在であったはずなのに。水と油が混じり合えず弾き飛ばし、互いに離れ合うのにも訳があるというのに、コミュニケーションが取れる人間の世界で、その理由を知ろうとせず嘆いていたのはわたしだ。

考えていることや思っていることがわかれば楽なのに、それができないから。
相手を知るために、自分の世界を広げて、自分の「知ってる」を増やして、想像するしかない。
相手に答え合わせなんてできないから、それに正解なんてないから、もどかしくて苦しいけれど。

憎しみや悲しみだけではないもっと別の、なにかが。きっと限りなく愛に近くて愛ではない、もどかしいような優しい感情が、少しだけわかった気がするんです。

#エッセイ #人間関係 #恋愛

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