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「助けて」が通じない世の中になったな

虐待で亡くなった子供のニュースを見た。
ただ心が痛くて、どうしてこんなことになってしまったのかと、その子の気持ちになると涙が出る。

あの子の「助けて」という叫びは、誰にも届くことがなかった。
助けを求められた学校は簡単に裏切って、一番頼るべき存在だった家族は敵でしかなくて。
周りにいる大人は、愛なんてない冷たいだけの物体だったのだろう。
まだ、楽しいことがたくさん待っていた人生なのに。まだ、これからだったはずなのに。
小さな身体で必死に生きようとして、唯一助けを求めたあの紙切れに。
命が奪われた。

あの子は、ただ苦しんで悲しんで旅立ってしまったのだろうか。
わたしには、その子の気持ちを全部はわからないけれど、でも。
次に生まれてくるときには、心から優しい世界に生まれて欲しいと、それだけ願う。
子供は親を選べない。選びたくても、選ばせてくれない。
だけどきっと。
次は、優しさに包まれるはずだからって、次は、きっと幸せな世界にうまれるからねって、心からそう願っている。

いつも思う。

子供に教育する大人の教育って、なんでないのだろうって。
教えるって、人の人生に関わるとてつもなく重たい仕事だ。
0を1にしていく、とってもとっても責任のあることだ。
わたしは怖くて、人に何かを教えるのが苦手だ。
誰かの基盤を作るなんてことを、わたしみたいな人間がしていいのか、いつも考える。
ましてや、すでに何年か生きてきた誰かの、学んだ根本を変えるような教育なんて、絶対にできない。
教育学部出身のくせに、逃げたのだ。
目の前の子に真剣に向き合いたくて、家庭教師や塾の先生をやってみた。
目に見える範囲でしか、わたしはなにもできない。見えないところで、先生にはなれない。

だから、こんなことを書く資格は無いのかもしれない。

そういえばツイッターで、煽ってきた生徒に暴力をしたとかなんとかで罰せられてる先生がいた。
先生も人間だから、あれはちょっと罰する云々の前に問題がたくさんあるなと思ってしまうけれど。
なにがあっても、もう大人になってしまったら、そこからずっと大人なのだ。
自分の身を守りながらも、子供を見なければならない。大人なのである。大人になって、しまうのだ。

義務教育という言葉で学校に行かなければいけないのならば。
まずは、教える側の人間と、それをとりまく環境を整えるべきだって、そう思う。
もちろん、先生にだって感情があるから、完璧なんて無理なのはわかってる。
数百人の子供の会話を一度に聞き取るなんて無理だし、いらつくことも泣くこともあるのは、当たり前だって思う。

だけど、子供こそ。子供こそ観察力が鋭いのだ。
見てるのだ、見て学ぶのだ。
知りたいことは、ちゃんと自分で学べるのだ。
だから、見られてることを大人は知らないといけないし、背中で何を教えるのかを、学ばないといけない。
そして、人と一緒に生きていくということを、教えなければいけない。
教科書にも載ってないことを教えるのが、大人なんだと思う。
そうやって、これまでの世界ができてきたのだ。
今の世界は、今まで生きてきた誰かがつくったものだ。
次を生きる我々が、次を作らなければいけないのである。

中学生の頃、嫌がらせを受けていたことがある。
何回かnoteで書いたけれど、もうだいぶ笑い話にできるようになった頃合い。

ついこの前、中学の集まりがあって。
あの時のことを話すこともなく、もう流せるようになった。
忘れることはきっとできないけれど、思い出して泣くことはなくなって。
傷がかさぶたになって、ちょっとずつ見えなくなっていく感じだ。

あの頃。
先生は、なにもしてくれなかった。
どう考えても知っていたし、他の子にも嫌がらせはあったのを見ていたはずなのに。
なにもしてくれなかった。
勉強が苦手で体育もできなくて、地味でバカでブスなわたしは、いじめられて当たり前だったのだろうか。
なんだかもう、ずっと自分ではわからない。

現状を変えるために動き出すほど体力もなかったし、3年間ずっと、毎日嫌がりながら過ごした。
厳しい校則の割には、そういうのは統制してくれないんだって、いつも心の中でもやもやしながら、それでも休むのは負けな気がして学校に行き続けた。
今思えば、何に負けたくなかったのだろうか。負けてもいいから、本当は行きたくなかった。行かないでいいよ、と言ってくれる人は誰ひとりいなかった。

3年間我慢した末のわたしの行動も、ちょっとぶっ飛んでいたなとは思う。
結果、卒業間際に行われた作文大会で、これまでされて悲しかったことを全部書いて、学年全体の前で読んだ。
読み終わった時のシンとした空気感と、そしてザワザワし出すあの感じ。
泣いていた担任も、拍手をしてくれた校長先生も、なにもかもどうでもいい。

いつも、大人はなにもしてくれない。
ちょっと生ぬるくて安全なあっち側にいた。
いまはわたしも大人の部類だから、あの頃みたいに恨みだけがあるわけではないけれど。
ここまでしないと、わたしは自分の意見を言う機会がなかったのだ。
これだけ聞けば、逆転劇みたいに聞こえるかもしれないけれど。
これがなかったら、わたしは乗り越えられていなかった。そして、大体の子供達には、乗り越えるきっかけやチャンスなんて、学校には転がっていない。

いじめや虐待のSOSって、どうやって出せばいいんだろう。
いろんな勧めや意見が世の中にあふれているけれど、そのどれもが、被害にあったことのない人の妄想でしかない気がしてならない。
そういう援護みたいなものをしてる人に限って、大体温いところにいた人なんだって、どうしても思ってしまう。

いじめや嫌がらせ、暴力を経験した身としては、一つ言えるならば、
その時はただ死にたいから、死んでしまえるなら死にたいってことだけなのだ。
助けなんて求めてもっとひどくなったらどうしようって、そう思ったらなにもできないのに。
誰か見つけてって思いながら、身が潰れる思いだけをして酸素を吸うしかなかった。
あの時、なにをしたら状況が変わったのかわからない。
信じられる大人を見つける手段なんて、子供にはないのに。

もしも自分の子供がいじめを受けていたら、わたしは学校になんて絶対に行かせない。
わたしが守らなければ、きっと子供は、心から死んでしまう。
そうやって守るべき存在なのが家族であるはずなのに、家族が敵になった場合、どうすればいいんだろうか。

「家に帰らなくていいよ」と言ってくれる大人はいない。
家に帰りたくない子供はたくさんいて、何か事情があるはずなのに。
家を安全だと思っている大人が多い。
簡単に帰らせる。安全じゃないかもしれない地獄へ、葬るのだ。

結局、安全な世界で育った人の方が声が大きいんじゃないかって、わたしは偏見じみたことを思う。とても主観だ。
結婚をしたいと思えるのも、結婚が幸せで安全なものであると思える環境にいたからなんだって思ってしまう。
その裏側の、最悪なあの世界を知らない。
知らなくていいのかもしれない。知ってしまったら、もう知らない前に戻れない。

声を上げれない人の声を見つける媒体って、ずっと存在しない。
こんなにSOSが発達しているのに、「助けて」の一声も通らない。
本当に便利なんだろうか、この世の中は。
インフルエンサーは、キラキラしたものだけを発見する人なのだろうか。
総理大臣は、なにをしてるのだろうか。汚職を隠しあうあの大人たちは、誰を救っているんだろうか。
暗闇で泣く叫びを聞こうとする人たちは、ずっとこれからも、いないんだろうか。
わたしたちは、なにもできないのだろうか。
わたしは、なにもできないのか。

明るい部分だけが切り取られるSNSの世界で。
その世界の裏側で、苦しむ誰かがいるということを。そこから見えない世界があるということを。
どうやったらそれが改善されるのか、どうしたら人生が守れるのか、本気で考える。

全然役にまだ立てていないけれど、何かしたくて。
最近、イヤホンしながら外を歩くのをやめた。まだ癖でしてしまう時もあるけれど。
世界の音を聞くように、人の温度感がわかるように、生の音を聞くことを意識するようになった。
そこで何か事件があっても、違う音を聞いていたら目で見てもわからないことがあると思うから。

あとなにができるんだろうか。
わからないけれど、でも。

死んでいい人なんていないんだから。
人の手で誰かが、何かがなくなるのはもう嫌だ。
嫌なのだ。
それだけなのだ。
何かしたいけど、それがわかるようなわからないような、曖昧なこの感じが続いていって。
仕事を通じてとか、noteを書いて変えるとか、
多分なにも変えられない。
きっとわたしも、なにもできないただの加害者でしかいれないんだって。

でも、なにかしたくて、わかりたくて。
わたしと同じように変えたいと思う人が一人でも増えたら、なにか生まれんじゃないかって勝手なことを思ったりして。
こんな風に書いて、
今日もどこかにある命が失われないことだけを、そっと願うだけなのだ。

#エッセイ #虐待 #SNS #いじめ #教育


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