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【値段のつく才能、値打ちのない才能】

「この人小説書いてるんよー」と先輩が私の肩を抱いたのは、深夜1時のバーカウンター。まだ秋だというのに冷え込む夜だった。

慌てて「趣味ですよ?素人ですよ」と保険をかける。

私はお酒が弱いから、逆に言えばひどく酔うことはあまりない。
むしろ酒豪を自称する人の方が、羽目を外して迷惑をかけている気がするような。経験上。

「えーじゃあ俳句読んでー!」

1時間前に知り合ったばかりの、酔っぱらいのお姉さんが顔を近づけてくる。
そりゃないよ、と心の中で嘆く。ウイスキーの香りを乗せた息がまとわりついて鬱陶しい。

俳句はちょっと違いますよジャンルが。そう笑って私はお姉さんの両肩を押すようにして席に座り直させた。

「えーそれならアレでもいいよー短歌でもいいよ!」

目のとろんとした笑顔で指を立ててくる。俳句も短歌も、小説の下位互換ではない。この人を初めから好きなわけではなかったけれど、そろそろ嫌いになりそうだ。

私は笑いながらライターに二本指を当てて、テーブルの上をそっと滑らせた。酔っ払って動作もままならないその人が、煙草の箱に指を入れてまさぐっていたからだ。

ぼっと音を立てて火が灯る。お姉さんは真っ赤に染まった頬に笑みを浮かべて、ふうーっと細くて長い煙を吐く。

「なんかさ、小説って聞くと微妙だよね。歌なら歌ってーってなるし、絵なら描いてーってなるじゃん?小説って、一芸にならないよね」

そう言いながら、お姉さんはマスターにグラスを突き出した。

ちょっと待ってくれ。歌ってーも描いてーも充分に失礼だ。いろんな角度の苛立ちが苦笑いをつれてくる。まともに聞く方が悪いのだけど。

マスターが「飲み過ぎ」と言っておかわりの代わりにウーロン茶を出した。
えへへとだらしなく笑って、舐めるくらいの少量だけグラスに口づけた。

目鼻立ちがはっきりとした綺麗な女性だった。けれど、明るいところで見たらもう少し老けてるんだろうな、とぼんやり思った。
いや、今だって一秒一秒老けている。夜0時を過ぎた顔が女性の本当の顔なのだと私は自覚している。
この人が少しでも綺麗なうちに帰ろう。

「がんばってね!プロになったら本買うよ!」

無事嫌いになったところで、私はしっかりと微笑んで財布を取り出し会計をお願いした。



「さっきのあれ、イラッとしたでしょ?ちゃこは優しいから怒らないとは思ったけど」

1000円多く払ってくれた先輩が、店を出たエレベーターでそう言った。

たしかに苛立ちはしたけれど、かと言って責める資格は無かった。別にあのお姉さんに悪意があったわけじゃない。

たとえば私がプロの作家で、大切な作品をなじられたなら、ツイッターで晒しものにして第三者からの共感を得たりなんかするかもしれない(そんなプロはいないと信じたいけれど)。

ただ今回の件は価値観の違いだ。趣味でやっていると言ったことを、あの人は「一芸」と捉え、私は「生きがい」と捉えているだけのことだった。

それよりも、「優しいから怒らないとは思ったけど」という言葉の方がどこか引っかかる。
人の我慢を優しさと呼ぶことで、わたしの長所のひとつのように挙げられるのはなんだか、わびしい。

「全然大丈夫ですよ」

そばにあった自動販売機で100円の水を買い、先輩に手渡した。
1000円の借りは900円になった。

「私は良い趣味だと思うよ。これからも続けていたら絶対いいことあるよ」

根拠なく言い切るその姿に薄っぺらさを感じたものの、900円分は年上風を吹かせてやるか、と自分を納得させた。

風が冷たい。薄手のコートじゃ身を守れない。



人がモノに価値をつけるのに有効な手段が「お金」だ。

お金はあくまで手段であって目的じゃない。水だって100円と値札が貼られて初めて100円になる。

noteに文章を書くことは、サポート機能や有料記事などで収益化ももちろんできるんだけど、お金以外の価値の付け方だって充分にあると思っている。

私にとってそれが、「今日も読んだよ」のあなたの一言だ。
それはお金以上の価値がある。誰にも渡したくなくて、つい鍵のついた箱に入れたくなる。

ただ、そんなことはあくまでnoteのクリエイターに共通する認識なだけであって、普通の人には実感し得ない。
普通の人に分かりやすいのはやっぱり、お金という価値の付け方なんだと思う。

だから今度、あのお姉さんに「短歌読んで」と頼まれたら、快く引き受けて値段をつけてもらおう。
何円でもいいから払ってくださいねと言って、不快な顔にさせてしまおう。
そして意外と上手に詠めたら一円でも払ってもらおう。

だってあの人は「プロになったら本を買う」と言ったのだ。言ったよね?買えよ?わたし忘れてないけんな?

そんなことを考えながら、くすくすと笑いながら、今日も皮膚を削るように文章を書いた。
今日も読んだよ、とそっと呟いてからスキを押してください。そうすればこの無価値な文章が輝きを放つから。

2019.06.06    ちゃこ

今日の1曲/大柴広己「さよならミッドナイト」


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ちゃこ

銀行員がnote描いてたらライターになりました。読みやすさがモットーの微炭酸エッセイ。11月24日文学フリマ東京【ト-19】でお待ちしています。一般人に聞くインタビュー連載【そのへんの一般人】始めました。あなたの朝の日課になりたい。あなたの夜を食べちゃいたい。

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コメント35件

141ちゃんさん
ありがとうございます!
一緒に頑張りましょう!
はじめて読みました。
ちゃこさんの文章が好きです!
う、うれしすぎるヤスコさん…幸せ
好きのコメントにしびれました。「おしゃれなカフェ(ry」です。同感です。
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