私の旅

画像1 わたしの旅について  旅はどこから何処へと行くものであろうか。 私は、今ここにいることが旅の途中のように思い、  それだから、そろそろ、出発点に戻りたいと言う気がしています。 そのような思いに反して、出発点には、私を待っている人も居なくて 唯、思い出の中に帰るしかない。人生の旅人は、「行きて帰りし物語り」と言うわけには行かないようだ。現に、奥の細道の芭蕉の足あとは、 「道祖神の招きにあひて取るもの手につかず」白河の関を越え松島の月を憧れることから始まり、旅の途中で亡くなっている。
画像2 「月日は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行かふ(こう)年も又旅人也。」 永遠の時を渡って行く旅にあこがれた芭蕉も、古里の家は出発時に処分して、元の居場所に戻ると言うことは最初から考えてはいなかったのだ。だれしもが、風に誘われる分けではないのだが、月日が永遠の過客(旅人)というのだから、馬子や船頭でなくとも、みな旅人と言うことですし、行きっぱなしで、住んでいる所がいつも旅先であると同時に、新たな出発点なのだ。

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