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創作箱

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習作とか、小説の切れっ端など。今のところBLはありません。
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記事一覧

君去りぬ

2018年夏頃に書いた短編習作。 妻がいなくなり、途方に暮れる作家の話。妻には大きな秘密があり――。  僕の妻だった女は、夏の終わりの夕暮れ時に、この世界からいなくなった。  ところどころ文字の消えたキーボードに指を置いたまま、僕は十年以上愛用しているノートパソコンの画面を見ていた。テキストを打つことしかできないオンボロマシンを相棒にしているのは、お金がもったいない、まだ使える、愛着がある、という理由の他に、執筆中にネットを見たりゲームをしたりせずに済む、という利点もあっ

誰のための秘密

 2016年に書いた短編習作。秘密を抱える男の話。                   披露宴が終わり、ロビーで親戚と雑談していた新郎の俺に、同僚の若松が「なあ、早川」と声をひそめて話しかけてきた。 「あそこにいるの、お前の妹だろ?」  若松の視線の先には、確かに妹の麻美が立っていた。ウエディングドレスに身を包んだ新婦の圭織と、楽しそうに話をしている。ふたりは以前から仲がよく、今も実の姉妹のように仲むつまじそうだ。 「麻美ちゃんだっけ? 可愛いよな。いくつ? 結婚してる

ヒトリガ(後編)

<前編を読む> 「美香には口止めされていたんだけど、徳田くんが気の毒だから話しちゃうね」  電話の向こうで浅野佐緒里はそう前置きしてから、俺の知らなかった事実を明かした。 「杉元くんとは二か月前くらいから、ふたりきりで合ってるみたい。美香、徳田くんとは早く別れたいって思ってる」  佐緒里は美香の友人だが、自分より可愛くて異性にもてる美香を妬んでいる。俺と美香がいい雰囲気になり始めた頃、同じくテニスサークルの一員だった佐緒里は、「あの子、表裏のある性格だから気をつけてね」と

ヒトリガ(前編)

2016年に書いた習作。特別な人間になりたかった男の敗北の物語。 ミステリっぽいけど、ちゃんとしたミステリではないような。  人生は山あり谷ありと言うが、俺の人生に谷はなかった。  俺、徳田裕一は挫折も苦労も知らず、いつだって山の高みだけを歩いてきた。生まれた時からそうだった。裕福な家庭で不自由なく育ち、たいして努力をしなくても成績はよく、運動神経もずば抜けていい。容姿にも恵まれていたから外見にコンプレックスを持ったこともない。  その気になればいくらでも発揮できる社交性

ポチと私と志渡くん

以前、通っていた小説教室の課題として書いた短編。 2016年11月執筆。 「三織。ポチがまた俺をにらんでる」  ソファに座ってテレビを見ていた志渡くんが、ちょっと嬉しそうに言った。  隣で文庫本を読んでいた私は顔を上げ、キャットタワーの中段にいるポチを見た。確かに志渡くんをにらんでいる。 「俺がここに来てもう四日になるのに、まだ慣れないのかな」  俺、名付け親なのになぁ、と志渡くんが呑気に言う。猫なのにポチなんて名付けたから、恨まれてるんじゃないの、と言いそうになったけど我

私たちは九月の庭で

ゲイのカップルに育てられた少女と、少女を育て男たちの物語。キーワードは孤独、罪、秘密、喪失、愛。 いつか完成させたい……という願いを込めて、冒頭のみ公開。  私には父親がふたりいるんです。  そう言うと大抵の人は怪訝な顔をする。中には自分で答えを見つけ出して、「本当のお父さんと再婚でできたお父さんがいるの?」と聞く人もいる。  それだったらどんなにいいだろうと思う。世間では実父と継父がいる子供を、複雑な家庭環境で育ったと形容することもあるようだが、私から見れば羨ましいくらい