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半日休暇|令和の展示会鑑賞スタイル

本当はその日、奥多摩の方にマス釣りに連れて行ってもらえることになっていたんですけど。

おれは釣りが大好きですから、こういった釣りのお誘いなどというものはノータイムでお返事をしますし、もうおれなんかポケットいくつついてるんだよってフィッシング用のベストを3日前くらいから着こんで準備をしなきゃいけない。釣り道具とか一切持ってない代わりに、魚や餌を素手で触って一生手が生臭くなってしまった時のために、おてふきシートを二種類、無香料のものとせっけんの香りのものをご用意したり、釣った魚をその場でおいしく食べられるように何種類もの醤油やマキシマムスパイスなどを進んでお持ちしたいといつだって思っているわけなんですけれども。

それでうっかり油断をしていたら、その日朝イチで、どうしても外せない会議をねじ込まれてしまいまして、泣きながらマス釣りのオファーをお断りしたわけなんですけど、「会議が終わってから奥多摩はむりだけど、竹橋で棟方志功展をやっているから一緒に行きましょう」と言ってもらえたので、一旦了解をしました。

それで午前中に会議を終わらせて、午後にお休みを取って行ってきました棟方志功展!恥ずかしながら棟方志功のことは、美術史の教科書にギリ載っていたかな…?くらいの認識だったし、なんなら名前の字面的に建築家か何かだと思っていたくらいの解像度なので、一体棟方志功とは何者で、おれは一体これから何の展示を見に行くんだろうと電車の中で思い、Wikipediaとか見ながら急いで予習しました。

おれが学生のころなんかはテスト範囲を直前になって詰め込むことを「一夜漬け」と呼んでいましたが、東京の学生さんたちはきっと電車で通学をされるわけですから、このような勉強方法を「メトロ漬け」などと呼んだりするのでしょうか、みたいなことを考えながらWikipediaを読みふけりまして(全然集中できてない)、そこでおれは初めて棟方志功とは版画の人なんだな、と知るわけです。

竹橋に到着しますと、既に会場は平日の昼間にも関わらずごった返しておりまして、世の中にはこんなに棟方志功のファンがいるのか…と愕然とします。逆に普通に生きてて棟方志功に触れるタイミングってどこだったんだよと、みんなに棟方志功を知ったきっかけについて聞きまわりたいなどと、つい30分前まで彼のことを建築家だと勘違いしていたオチャメこと僕ことおれは思いますよね。

それで仕事終わりに展示会に来たわけですから、とにかく荷物が多い。預けなきゃ!と思ってコインロッカーを求めるわけなんですが、全く空いていない。どうしようどうしよう荷物が預けられないと喚いていたところ、ピンク色の髪した女の人が、「私今から帰るから!今から荷物を取り出すからそしたらそこに入れちゃっていいから!」と言ってくれました。

良い人だねーって荷物を取り出すのを待っていますと、コインロッカーは100円玉が必要とのこと。おれの荷物をロッカーに置かせてもらう代わりに故郷の叔母の命を頂戴する。それが嫌なら100円玉を置いていけ、帰るときに返してあげるから、と注意書きに書かれていました。ところが、おれのおさいふの中にちょうど100円玉がなく、どうしようどうしようと思っていたところ、そのピンク色の髪した女の人が「あげる!」と言って100円玉までくれました。めっちゃいい人めっちゃいい人!棟方志功ファンの聖人ぶりをヒシと感じながら、もらった100円玉は、帰るときロッカーに荷物を預けられなくて困っている人に渡そう、そうやって人助けの連鎖を起こしていこうと心に強く誓ったのでした!

で、展示なのですがめっちゃよかっためっちゃよかった!当然、版画ですから基本的には白と黒の二色で表現される作品が主だったんですが、複雑な絵柄を手作業でどうしてここまで表現できるのか、と唖然としきりでした。棟方志功の作品の中で描かれる人物の着ている服が良かったです。これもほとんどが白と黒で表現されるのですが、服の柄がひとつひとつきちんと違い、そのすべてがみな華やかに見えました。テキスタイルデザイナーとしても名を残せたかもしれないな、と思っていたら、展示の後半に着物のデザインも手掛けていたという解説があり、それだよ!志功それなんだよ!という気持ちに。また、版画という作品を制作する際、屏風に貼り付けたり、表具に貼り付けたりといった工夫をすることで作品がグッと華やかになる。柳宗悦とか、そのへんの人たちとの連携みたいなものが版画作品の良さを際立たせる役割を担っていたのだろうな、と思うなど。

それで、先述の通り展示会場は人でごった返していたのですが、驚いたのは最近の展示会、みんなめっちゃ写真撮るんですね。作品の前に立ってバシバシと写真を撮る人がたいへんに多く、これが令和の鑑賞スタイル…!という気持ちになりました。

作品の写真撮影をする人が目の前にいた際、前を遮らないように、また写真に見切れたりしないようにこちらが気を遣わねばならないので、ちょっとムッとしながら、全部の作品を写真に収めようとしている人を見るにつけ、作品鑑賞の態度としてどうなのって思いつつ、だったら図録を買えばいいじゃねえかよとか思わないでもないですが、とにかくイマドキの鑑賞スタイルはこのようなものらしく、撮影をする人で溢れていました。

展示会後、神田のほうまで歩いてまつやでごはん。神田まつやっておれかなり好きで、お蕎麦とおうどんに関してはお金を出し惜しみしないで良いものを食べることを自分との約束としています。ただ神田まつや、ここはお蕎麦で有名なお店なんですがおれは毎回お蕎麦を食べる心づもりでまつやに行くんですが、なぜかいつも鍋焼きうどんを注文してしまいます。鍋焼きうどんにはお蕎麦の口をうどんに変えるだけの力、パワーがあると思います。神田まつやの鍋焼きうどんはオーソドックス具の構成ゆえ、欲しい具材がきっちり欲しいだけ入っており、過不足なし!という気持ちになるので良いです。

過不足なし!

神田まつやを後にしたのち、まだ時刻が18時とかそのへんだったもんでちょっと一杯やってから帰ろうという話になり、おれがずっと行きたかったお店、「良心的なお店 あさひ」に行く。ここはおれが中学生のときに、深夜帯時代のモヤさまでピックアップされていたお店で、その異様さに衝撃を受けたのであります。いつか東京に出ることがあったら必ず訪れようと思っていたわけなのですが、あれから15年近く経ってしまいました。相変わらず異様なお店で、またお酒も食事も神田とは思えないほど安価だったのできっとまた行く。お店の壁に張り出された巨大な鏡が20,000円で売られていた。馬鹿ほどお金持ちになったら買おうと思います。泥酔して帰宅。そんな感じです。


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