「花譜」について

Vsingerという存在がある。
Vsingerと初めて名乗ったのは、たしかYuNiちゃんだったと思う。YuNiちゃん以前からも、Vtuberと「歌ってみた」というものは親和性が高くて、ときのそらや富士葵、あるいはおめがシスターズなんかは高い歌唱力をVtuberの文化に持ち込んできた存在である。

 自分が最初にVtuberの「歌ってみた」に強く感銘を受けたのは富士葵だったと記憶している。最初、「デザインが(キズナアイやシロたちに比べて)ちょっと変わったVtuberがいる」という触れ込みで知ってから少しして公開されたのが「【Cover】なんでもないや/RADWIMPS 『君の名は。』」だった。2017年12月15日投稿で、当時ちょっとした騒ぎになった記憶がある。(とは言っても、当時はそこまで私はVtuberファン界隈にいなかったので、身の回りだけだが……)

 そのあと、ときのそら「夢色アスタリスク」おめがシスターズ「ホウキ星」樋口楓などを経てYuNiが2018年6月14日に「プラチナ」を投稿する。
 YuNiは当初、数日おきに歌ってみたを投稿する、少しミステリアスなVtuber/Vsingerとして私の目に写った。つまり、彼女がVsingerとして名乗った時、"Vtuber with cover"という部分から、"Vsinger"という要素が抽出・独立し、Vsingerと分類されるVたちが続々とデビューすることとなった。

 YuNi・AZKi・音無くおん/むおん・高峰伊織・EMMA HAZY・星乃めあ・黄瀬まこ・朱宮キキ(*1)・結城リノ(*2)・Re:Act(*3)、もしかするとMonsterZ MATEなんかも言って良いかもしれない……そもそも、Vsingerというのは定義付けられるものではなくて、動画Vでも、配信Vでも、そして歌ってみたをメインとしているVであっても、Vsingerという括りに入ってくるものだと思っている。個人的には、余分な定義付けは不必要な部分だと感じている。燦鳥ノムとか、宗谷いちかだってこういう要素を持っている。

 こういった、「歌が上手い」という要素は、2018年末~2019年頭に開かれたバーチャル忘年会・新年会やバーチャル紅白、あるいはcount0で強調された。特にバーチャル紅白で出演したキツネDJやぼっちぼろまる、黄瀬まこなど、自分もここで知ったVは多い。

 さて、そんな中で2018年の10月にデビューしたのが花譜である。2018年10月というと、YuNiのデビューが5月(投稿は6月)から4ヵ月の差だが、V界隈で4ヵ月という期間は長い分類に入る。その間に朝ノ姉妹、高峰伊織や星乃めあ、水科葵、燦鳥ノム等々、現在精力的に活動している歌Vの多くがデビューしているのである。そういう意味で(もちろん、後々からすればほぼ同時期になるのであろうが)、「初期のうちでも比較的後発として」デビューしたのが花譜、という位置づけになると思う。

 私が花譜を知ったのは最初の「猛独が襲う covered by 花譜」である。

 これを最初に聴いた瞬間に「この子は恐ろしいまでの魅力を持っている」と(心底勝手ながら)思った。高音ハスキーながら、ちょっと幼めの、甘さの残る声。舌足らずさが見え隠れするタ行の発音。掠れ気味のビブラートに乗る、センテンスごとの促音。聴いてて心地が良いというか、ぐっと引き込まれる。そして、選曲。
 こういう言い方は私は好きではないし、使うべきではないのだが、これを聴いた瞬間に「この子はバズる」と確信した。今まで聴いてきた歌が上手いVと全くちがう、新しい意味での「歌が上手い」という存在だった。

 このあと、「さよならミッドナイト」「またねがあれば」という、どちらかというとアダルティな歌詞の曲も歌い上げている。「またねがあれば」以降は動画サムネイルがおそらくinstagram準拠なのであろう、正方形になる。(今日のモグライブニュースで『レコードジャケットみたい』と言われており、そういう渋さもあるのかな、と思った)

 そして歌ってみた4本目「死んでしまったのだろうか」が投稿される。

 冒頭の入りから、花譜の震えがかった歌い方。この、切羽詰まったような声で告げられる死ぬというこの現象の歌詞、そして花譜のもうひとつの特徴である極めて表情変化の乏しい、平坦な感情変化の様相も相俟って、私の中では花譜の中の最高傑作のひとつとして何回も聴いている。

 その次に投稿された「回るそらうさぎ」。

 こっちは今までの花譜とはちょっと変わって、ピアノが強く響く、明るめの曲。特に終盤の、盛り上がっていく部分、ここは花譜の表現として新しい一面だった。ちなみにMVでもふわふわっと歩いたり、くるくる回ったり、最後は敬礼してウインクするなど、花譜のMV中でもいたずらっ気のある、愛嬌のある映像になっている。15歳という、そういう部分かもしれない。

 そして2018年12月6日、初めて花譜のオリジナルが投稿される。

 「糸」。先日配信開始されたEPでも1曲目を飾るのがこの曲である。この後、花譜のオリジナル楽曲はカンザキイオリ提供となる。
 ロック調の曲調に、花譜独特のビブラートの強くかかった曲と、サビに近づくにつれておとなしくなる代わりに真っ直ぐになって、Bメロからの……サビの盛り上がり。語るような、歌うような。そしてラストサビ。
 幾何学めいた地平線に、無機質な切り立った岩山と崖、高らかに回る花譜、視線を向けてスロー、そして最後に初めてフードが脱げて、花譜の全容が明らかになる。


 ちなみに、この「糸」と「心臓と絡繰」については花譜限界オタク代表AZKiによってMV再現も含めたカバーが投稿されている。

 AZKiはどちらかというと、深夜アニソンで聴いたような、髙く透き通った、溌剌とした歌い方を特徴とする(Only my railgunなどを聴いてみて欲しい)。

 そのあと「Lemon」「打ち上げ花火」を経る。これらの楽曲はどちらも多くのVによってカバーされているが、やはり彼女独特の世界観を味わって欲しい。

 そして2018年12月28日。オリジナル「心臓と絡繰」が投稿される。

 実はこれより以前、12月21日にコトダマトライブのイメージソングとして「魔女」が先行配信されている。なんと現地のみ・300枚。YouTubeに投稿されるのはちょっと先の話。私は手に入れられなかった。
 「心臓と絡繰」、これは本当に聴いて欲しい。これまで私は彼女の歌詞について、センテンスの促音を述べた。ここで彼女は、歌詞のセンテンスにブレスが入るようになった(特に強調されて聞こえるだけになったのかもしれないが)。そのことで、ますます彼女の歌が生命感を持って、躍動しているように聞こえた。
 そして、MVでは花譜を象徴する、屋上が提出された。夜の街中を歩きながら、行き着いた先が屋上で、そこで迎える朝陽。恋心を歌った、とかそういうことは私には分からない。それでも、最後に、登る朝陽を見て微笑み、振り返って歌う花譜の姿は、私にはとても活き活きと見えた。それまで手をぶらつかせたりする、自然体な振り付けをしていた彼女が、最後は手足を広げて朝陽を背にしている。神々しく、私たちを引っ張っていくような空気さえあるように思える。

 そして年末、カヤック(VR SPARC)主催count0への出演が入る。count0には樋口楓始め、これが初舞台となるハニーストラップ・蒼月エリ、天神子兎音、響木アオ、おめがシスターズ、そしてキズナアイなど、そうそうたる面々が勢揃いしていた。オリジナルステージでの、初舞台だった。
 個人的にはcount0で一番心に残ったのは、蒼月エリ「蒼い蝶(作詞作曲・周防パトラ)」。3Dすらほぼ初めて、大舞台ででも初めてという彼女が、自信を持って歌い上げたこの曲は、V史上に残る舞台だったと思う(*4)。
 count0で花譜が披露したのは「糸」「魔女」「心臓と絡繰」の3曲だった。そしてどれも、「糸」のあのPVを模した舞台装置で、見事に三曲をこなした。花譜の知名度は低かったようだが、彼女が出演して歌った時には「今のは誰だ!?」と大騒ぎになったことを憶えている。ここで彼女を知ったファンは多いはずだ。

 しかし、年が明けてから花譜にやや暗雲が立ちこめる。count0で、他の演者が2曲+トークだったのに対して花譜はトーク無し3曲だったこと、「心臓と絡繰」が広告再生されて再生数の伸びが異常なこと、そして動画コメントに付けられた根も葉もない噂話。これに対して花譜運営は誠実に誤解であることを説明した。私はこの時の文章をみて、花譜が運営にとってとても大切な存在であることを心から知った。count0については、他のVが相互に交流の深い面々であったことと、おそらく彼女がそういったトークがあまり得意ではないのだろう、という感じで受け止めてはいたが……

 2019年1月9日にはcount0で披露された「魔女」がYouTubeに投稿される。

 文字だけのMVにも関わらず、見入ってしまうのは彼女の魅力だろうか。そしてこの曲の、特にラスサビに入る直前のメッセージの強さと花譜がそれを強く歌うということ、心底に響く。

 2019年1月14日には崎山蒼志の「五月雨」をカバーして、ここでも彼女のファンではなかった人たちをあっと言わせた。

 アコギと声があまりにも合っている。崎山蒼志といえば、テレビ番組で大ブームとなった高校生フォークシンガーで、花譜と同年代である。最後の畳かけはお互いに圧巻。是非聞き比べてほしい。

 その後、「凍えてしまいそうだ」(フュージョンっていうの?わからない)、「フラジール」(ぬゆりと言えばにじさんじオタクではくろのわが歌ったことでも有名)を投稿する。
 そして2019年1月30日に新曲「忘れてしまえ」の投稿予告とともに、高校受験のために活動休止を宣言。

 「忘れてしまえ」、早朝の街中を歩き回りながら、清冽な表情で歌い上げる花譜が印象的。誰もいない街、というの花譜にかなり合っているんだと思う。そして途中で出てくる涙目の花譜。忘れてしまえとか、forgetとか歌われても忘れるつもりは無かったが、Vtuberの活動休止=引退、という風潮があり(にじさんじ笹木やあにまーれ稲荷くろむ等)、ファンの間には不安が拡がった時期でもある。それでも私は花譜が「自分が好きな歌を歌う」と言い続けていたから、彼女が好きな歌が有る限り大丈夫だろうと思って待ち続けた。


 そして2019年3月20日。

 おかえり。

 この少し後に、彼女のファンネームが「観測者」に設定される。


 「雛鳥」。休止前に忘れてしまえ、と言いながら、名残惜しそうに「別れは愛しいか?」と問うていた花譜がこれを謳った。正直、私は歌詞の解釈みたいなものがめちゃくちゃ苦手である。「雛鳥」は、過去の自分たちから、先を見ていこうみたいな感じかな、と思った。さよならとか、忘れてしまえとか、そういう寂しい言葉も、前向きに行こうみたいな感じかな、と思っている。それでも、寂しく聞こえてしまう。
 MVは、花譜が教室から屋上へ移動していく。「心臓と絡繰」では夜から朝方への移動だったが、「雛鳥」では完全に日の昇った昼間の屋上が舞台になっている。最後に彼女が涙して屋上を去ったのは何故だろう、私はいまでも考えている。

 何よりもこの「雛鳥」を強く印象づけるのは、一番最初に投稿された動画で、花譜自身が口ずさんでいる曲であることだ。

 最後の一節であることがわかるだろう。# 2も「雛鳥」である。


 「シンクロサイクロトロン・スピリチュアライザー」での巻き舌と促音の復帰、「アストロノーツ」の投稿を経て2019年4月15日。

 高校生になり、制服を見せた花譜。はにかみながら話す彼女は、強く謳ってきた花譜とはうって変わって、年相応の、かわいらしさがある。そして「また歌っていく」という意思表示。この時一瞬BGMが盛り上がるが、「忘れてしまえ」の冒頭に続いていくような感じがした。「またね」の透き通る声。

 4月25日に「少女レイ」の投稿。アップテンポな曲調でも見事に花譜を表現していた。

 そして、2019年4月28日。初のリアル大舞台「ニコニコ超会議・Vtuber Fes Japan バーチャルさんがいっぱいライブ」への出演。シロ・ミライアカリ・月ノ美兎・ヒメヒナ・KMNZなどの、何度も大舞台で活躍し、ステージを盛り上げることに長けたVたちの中で、静かにオーディエンスを自分の場に引きずり込むことに成功した。「魔女」「雛鳥」の二曲。誰も彼もが花譜の歌に聴き入り、サイリウムも声も無くなったステージで「雛鳥」を披露した花譜はまさに「花譜」という世界をそこに体現させていたと言っても過言ではない。

 この時の「物販があるので……」の言い方など、恥ずかしそうというか、はにかんでいて少女が歌っている、ということを思い出させてくれた。
 また、ここで彼女に惚れた人間は、count0含めて多かったようだ。

 2019年4月30日、映画「ホットギミック」主題歌担当が発表される。

 「夜が降り止む前に」。トレーラーでちらっと聴けるが、全貌を聴けるようになるまで楽しみである。 

 2019年5月15日に初のEPとなる「花と心臓」をリリース。「糸」「魔女」「心臓と絡繰」を収録、同日にはリスナーと同時に視聴する配信を開催した。プレミア配信で同時接続4000はかなり多い。彼女のコメントも付いており、ファン必見であった(アーカイブ限定公開)。

 そして2019年5月17日。花譜のワンマンライブ「不可解」の開催が発表される。8月1日。期待して待つ。

*追記1 (2019.5.21.)  
 花譜ライブCF、大成功でした。
 ライブが楽しみです。


注記
*1 朱宮キキ:2018年11月8日引退
*2 結城リノ:2019年4月29日引退
*3 Re:Act:KAGAYAKISTARSから派生した歌系Vtuberグループ。綺羅星ウ
      タ、多々星シエル、花鋏キョウ(VRライブ開催、「蒼に躊躇う」リリー
      ス)、獅子神レオナなどが所属。
*4 蒼月エリ(HoneyStrap):2019年5月21日引退

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?