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調子外れな鼻歌を聞きながら線路沿いを歩く

セミが鳴いている。少しでも外に出て太陽を浴びたら、あっという間に溶けてしまいそう。せっかく浴衣を着て花火大会に繰り出したけれど、台風の影響で中止になってしまったことをSNSで知って、ただ浴衣を着た観光客ふたりになった。どおりであまり浴衣を着た人がいなかったわけだ、と笑い合う。いつもデートと呼べるか分からない日常を重ねるのが好きだから、こういう非日常も新鮮味があって悪くない。鎌倉観光をして、しらすを食べて、江ノ電に乗った。

日常の私は、なんだか切羽詰まっていて、焦っていて、毎日が少しだけ重たい。気を抜いたら全部の空気が抜けてしまいそうだから、気を張っている。そんな自分があんまり好きじゃなくて、でも、今はどうしようもできなくて、息を吸って吐く。思いっきり胸に吸い込んだ空気は熱くて湿っている。横にまっすぐ伸びた飛行機雲、見上げた長い髪、夜の煙草と缶ビール、二度は存在しないかもしれないことが予感できる。だから寂しさの切れ端を見ないようにして笑う。

何も予定がない三連休で、Netflixで全裸監督をちまちま見て、夜更かしして、起きてご飯を食べて。昼寝する彼の寝息を聞きながらMacを静かに叩いて、つけっぱなしにした映画をそれとなく聞いている。
何者でもないことが許される、ただ髪をなでて肌にふれる、それこそ飼い犬を撫でるように生活する時間が、空気が、ただ愛おしい。わたしたちは誰でもなくて、誰でなくてもよくて、夏の暑さにやられてしまわないように避難して、クーラーをつけっぱなしにした部屋がシェルターで。日が落ちて、洗濯物を取り込もうと窓をあけた外が思ったより涼しくて、缶ビールをプシュッとやりたくなるけれど我慢した。えらい。

見られなかった花火、今年の夏中にはリベンジしたい。もう浴衣の帯は動画を見なくても結べる。暗い海の音をただ聞いて、細かい砂を裸足で踏みしめた柔らかな感触、強い波と人工的な飲食店のネオンが不釣り合いな場所。自分が自分で居られる場所があることに、今は何よりも救われている。

#なんでもないこと #日常

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