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生きてるだけで、愛

曲が終わって無音になったイヤホンを耳に突っ込んだまま歩いた。ボタン一個でまた再生を始めるのはわかっていたけれど、ただ冷たい道をそのままにして歩く。

ななめ前に座っていた人の青いキラキラしたスカートがちらついた。趣里が演じる寧子は、わたしのなかにも確かに存在した。認めたくない。程度の問題はあれど、あの屋上のシーンみたいなことを思っていたことがあった、あのとき、真っ暗な夜、言葉で会話ができないままの時間。

その一瞬でもわかりあえたら、生きていけるって、あとはいらないんだと、まっすぐ走る踵がただ美しかった。

何が欲しかったんだっけ、今はこうやって立っていられることがただ幸せだと思う。変な焦りも強迫観念も大きくはない。寧子は、津奈木は、安堂は、誰のなかにもいて、顔をのぞかせることがある。普通側のように描かれる寧子のアルバイト先の人々、そちら側のほうが余程怖かった。でもきっと、そういうふうに私も誰かから見られてしまうのだろう。人間は多面的で、見せる顔が違うのが当たり前だ。その人のそういう部分を引き出しただけ。

本谷有希子さん、恐るべし。観ていて怖くなった、自分のことなんじゃないかって、どちらにも傾く瞬間があって、意地悪な感情を持っていて、意味わかんないことに惹かれたりもする。それも全部ひっくるめてわたしだ、私は私と別れられない、津奈木はいいなぁ。
その台詞が頭の中で何度も聞こえている。

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