ヨーロッパ旅の記録〜アムステルダム

"2017年7月24日〜9月18日まで ヨーロッパ8カ国を旅した記録"

8月22日
アムステルダムで何をするかは特に決めていなかった。滞在は実質今日一日だけだし、美術館をいくつか回ろうと思った。
天気、気温はちょうどよく、ヨーロッパの夏らしい爽やかな日だ。
可愛らしい街並み、美しい運河を見ながら街を歩き、ホロコースト美術館に着いた。この日は常設展に加え、Annemie and Helmuth Wolff展が開催されていた。 Annemie Wolffは1906年ドイツ生まれの写真家で、ユダヤ人の夫で建築家のHelmuth Wolffと共に、ナチスが台頭するドイツからアムステルダムに亡命した。二人はスタジオを開設し、オランダでの生活をスタートさせた頃だった。1940年オランダにナチスが侵攻、夫婦はガス自殺を図る。夫は亡くなり、妻は生き残った。
その後、生き残ったAnnemieがどうしたかというと、アムステルダムに住むユダヤ人たちを彼女のスタジオに呼び、一人一人のポートレイトを克明に写した。その数は440人、100本ものフィルムに収められていた。しかも、その写真の存在はつい最近まで誰も知らなかったのだ。数年前、そのフィルムと被写体の名前と住所が記されたノートが発見された。私はそれらの写真を幸運にもこの写真展で観ることができた。
Annemieは戦後、1994年に亡くなるまで、近しい人にさえも、その写真の存在を話さなかった。何のためにそれだけの数の写真を撮り続けたのか、写真家がどんな思いでいたのか、わかる資料は今のところないようだ。戦争のこと、ユダヤ人迫害のこと、夫との死別のこと、全ては言葉に残せないほど壮絶な体験だったのだろう。彼女が撮影した被写体のほとんどが生き残れなかったことを考えれば、語る言葉などないのは当然であろう。彼女の思いはただ、ファインダー越しの被写体の、様々な表情の中にのみ表れている。
Annemie Wolffのことはこの展示でたまたま知ることができたが、ヨーロッパでもまだ知られていない写真家のようだ。研究が進むことを願う。

アムステルダムは自転車の街だ。道路には自転車専用レーンがある。間違ってそこを歩こうものなら、後ろから猛スピードの自転車がやってきて危険だ。運河のひしめく街は、全体がフラットで道が入り組んでいるため、自転車での移動が住民の主流のようだ。訪れたフリーマーケットでは自転車のパーツ屋、修理屋をいくつも見かけた。
私はのんびりと歩きながらコーヒーを飲んだり、アイスクリームを食べたりして過ごした。美術館には、あとレンブラント美術館とエルミタージュ美術館へ行った。

この後の目的地ヘルシンキへは明日の早朝便だ。空港近くのホテルを取ろうかとも思ったが、ホテル代をケチって空港で一晩を明かすことにした。(実は危険なことかもしれなかったが、何もなかったからよかった。)
スキポール空港で一晩を過ごし、ヘルシンキへ発つ。

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Aiko Kono

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