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自分史上初の年末年始【大晦日から元日編】

よぉ、久しぶり。

12月31日の大晦日。県北にある父親の家に着いたのはお昼前だった。

「あら、痛そうだな…」

僕の状況を聞いていた父は、足を引きずって歩く僕をみて憐れむように言った。

部屋に入ると、綺麗に並べられたサラダや果物が食卓に並んでいた。それを見た時に、やっぱり来て良かったと思った。もし、来なかったらコレらの料理は無駄になっていたということだ。

「昼はカレーにした」

今日は8歳の息子がいることを考慮して、父親が色々と考えてくれていた。
家族みんなで笑顔あふれる食卓だったと思う。

食事をした後は、処方されていたロキソニンを飲んで僕はゆっくりと過ごした。
布団を敷いてもらい、ごろりと寝転がって出来るだけ足に負担をかけないように気を配った。

毎年、大晦日は父親の家に泊まっている。
この日もあっという間に夕方になり、夕飯を食べた。すき焼きだった。

食べ終わった頃に、ふと足を見た。

「あ〜少し増えたかな…」

新しい小さい赤い紫斑が足に増えていた。
これと言って無茶はしていないし、このままゆっくりしとこうと思っていた。

それから1時間後。
改めて自分の足を見て驚愕した。
真っ赤なのだ。それまでの大小の紫斑が全て繋がって真っ赤な面になっている。まるで火傷でただれたような状態。触ってみると、肌は紫斑の箇所に合わせてボコボコになっている。

「とっと、これヤバくない?」

息子も心配するくらいの状態。しかも両足。
紫斑は内出血してできた斑点なので、皮膚の中では出血しまくっているということになる。

「大丈夫か?」

父親からも心配されたが、主だった薬もないため打つ策はない。

「とりあえず寝てみるわ。明日朝になったら引いてるかもしれない」

これ以上に悪化したらどうしよう…。
そんな思いを抱えながら、大晦日は紅白も見ずにすぐに寝ることにした。

そして2024年1月1日。
「あけましておめでとうございます!」と朝からテレビで挨拶されているが、ちっとも明るい気持ちにはなれなかった。相変わらず、僕の両足は前日までと同じ状態。
足は腫れていて車の運転も難しい状況だった。

本来なら、元日は宮崎市内の実家で親戚みんなで新年会。その場に父親を連れていくのが役目なのだが、とても運転できる状態ではなかった。運転を父親に代わってもらい後部座席で足を伸ばした状態で、1時間ほど自分の車で揺られていた。

2024年、最悪の出だしだな。

そんなことをふと思ったが、今思えばまだまだ序章に過ぎなかった。

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