わたしのこと

「結婚のご報告」や「入籍しました」など、しばらく会っていない友人や、友人に限らず誰かの嬉しい知らせを知ることができるのはSNSの好きなところである。

私は5年前の2014年5月に結婚したが、特にそういった「ご報告」はしなかった。隠していたわけではないし、聞かれれば話していた。

実際、私のメジャーデビューアルバム「My Love, with My Short Hair」のジャケ内ブックレットにてプロデューサー菊地さんが私について「結婚して、子供はいない」「どう見ても一見、<大人の女>に見える。しかし、精神疾患の一種ではないかと思うほどに、彼女の中身はそうではない。」「幼女から小娘ぐらいまでの、退行の世界を生きている。」と書いている。

「ご報告」をしなかった理由があるわけではないが確かに「精神的に幼女」かもしれない私は、「結婚」とはなんぞやと暫くの間、自分自身で言語化することが難しかったからかもしれない。

結婚している人も、結婚していない人も、それぞれの選択をしていると思う。私は「一人で死にたくない」という意思だけは小さい頃からはっきりと持っていた一人っ子で、人生のパートナーに恵まれたのが「結婚」という形だった。元々音楽的パートナーとして始まった私たちの関係は、音楽のみならず人生を共にする関係に発展した。本当に幸せなことである。

結婚して5年も経った今なぜこのことについて書こうと思ったかというと、6月に私たちは親になるからである。

自分が、望んだ事にも関わらずその事実に対して恐怖すら感じたこの数ヶ月間。幸せと怖さがなんどもなんども行き来するような時間を過ごした。でも、妊娠8ヶ月を目前に、「なんとか何事もなく産まれてきて欲しい」という願いと共に、「結婚」と「同棲」の違いなんてハッキリしないなぁなんて子供じみた感想とは違う「何かが私の中にいる」と思えたので、ちゃんと書いておくことが大事だと思った。それに、私の表現活動を今まで応援してきてくれた家族、友達、皆さんにご報告したいという気持ちになった。1月のMotionBlueで、直接お伝えすることのできたみなさんにも改めて。

ちなみに、菊地さんに妊娠のご報告をした時の反応は一言「おめでとうございます。あなた大人になりますよ」だった。笑

妊娠を機にいっきに、抵抗力と体力が弱った私は去年末に、咽頭炎や、声帯炎や、副鼻腔炎などなどいろんなものに襲われ、お仕事の関係者にも、友達にも家族にも、大変なご迷惑をおかけしてしまった。

まさかこの体、私一人のものではないのか!

と、改めて思わされたのはそれくらいひどい状況にならないとわからない私のまぬけっぷり。しかと自分自身に見せつけられた。妊娠初期は、一般的に「人には言わない時期」であるし、自分自身も何があってもいいようになんとなくの覚悟をしていた。CM音楽の仕事でお知り合いになった櫻井映子さんに「でも、やっぱり頑張ってる命をあなたが信じてあげなきゃ!」と明るく言われるまでは。「そっか、私が一番信じてあげないといけないのか」とその時「命の始まり」が腑に落ちた。

母性なんてこれっぽっちも。誰に対しても沸いたことのない私だが、ひょんなことから、友人の柴犬を預かったのを機に「母性」が沸いた。
出かけていても、寝ていても、何をしていても「あのこ(柴犬)」のことが気になる。うんちが硬ければ心配だし、下痢していたらさらに心配である。いつだって一緒にいたい。ペットと子供を一緒にするなんて、、、と思う人もいるかもしれないが私はその柴犬のおかげで少し子供がいる生活を想像することができた。

すでに次作のアルバム制作にも取り掛かっており、「人生」と「表現」が混合し、高め合い、ずっと続いていく姿が私の理想。(それは私が20歳の時、テレビ番組の中の浜田真理子さんの生き方から教えてもらったこと)

とはいえ、ライブは、3,4月のライブをやりきったらまた秋にはステージに復活しようと思う。(4月のライブは既に空席少です。お早めに)次作のアルバムは曲は出揃ってきたから年内に、、、。かな。

このあとの写真は、オマケ(笑)

パレスチナから親友のマヤが来てくれたなあ。
I miss her so much

ブーケは日本に住む親友マチャが作ってくれた。

2014/5/16



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市川愛

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