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私はオタクになれない

◯◯オタクだと他人から認められたり、◯◯推しだと豪語できたりする人を、うらやましいと思う。

私はアニメや漫画、芸能人に夢中になっても、それら・彼/彼女らの熱烈なファンだと、胸を張って言えない。

答えは簡単で、すぐに飽きてしまうから。ハマった瞬間に熱い感情はあっても、どうせ冷めてしまうだろうなと、冷静な自分もいる。

大学生になって就活というものを経験して、改めて思ったのは、私には「好きなこと」「やりたいこと」がないということだ。

なぜだろう、とずっと考えてきたのだけど、その答えの一つらしきものを、今日とある本を読んでいて見つけた。だから、ここに書き留めておきたい。

私は、小さい頃からクソ真面目な人間だった。「やらなくてはいけないこと」を提示されれば、あぁこれはやらなくてはいけないことなんだと、疑う余地もなくこなしてきた。

もちろん、面倒くさいと思うことはあった。ただ、それはやらないという理由にはならなかった。我慢してやる、が当たり前だった。

なにが言いたいかというと、私はまったく「サボらなかった」。それが良くなかった。

今となっては、「サボる」経験は大事だと思う。「サボる」っていうのは、「やらなくてはいけないこと」を放棄してでも「やりたいこと」があって、その自分の純な欲望に忠実になるということなんだ。

「やらなくてはいけないこと」をやるのは、それが自分のキャパ以上であれば大変だ。でも、そうでなければ、そう大変なことではない。

むしろ、「やれと言われたからやる」は思考が停止していてもできるから、ある意味では簡単なことなのかもしれない。

私は、自分の純な欲望と向き合うことをサボった。

「やりたいこと」、今はなくても昔はあったのかもしれない。それを蔑ろにしてきた。今はもう、「やりたいこと」がなんなのかわからない。

◯◯オタク、◯◯推しに今なれている人は、小さい頃から時にはサボり、自分の素直な気持ちに従ってきたんじゃないかな、と思う。

ありがとうございます。大好きなスタバ(ガソリン)に使います。