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大嫌いな私へかけた魔法の言葉

小学生の時から中学で不登校になるまでいわゆる優等生だったと記憶しています。
クラスで嫌がらせがあればそこに入り込んで止めさせたり、委員関係は引き受けて当然な立場。教師から「やらないの?愛音さんにはやれる力があるからやってごらん」とよく言われていました。

ここから私の中で勘違いが始まっていたのかもしれません

私=優等生=自慢の娘

不登校になってから私は母に何度も泣いて謝りました


「いい子じゃなくてごめんなさい」
「もっといい子が欲しかったよね、私なんかが産まれてきて、娘でごめんね」
「時間をください。またいい子になってちゃんと学校行くから」
「こんな私だけどお願い、お父さんとお母さんの娘でいさせてほしいよ」

改めて書くといろんな言葉で謝っていました。とにかく私はいい子でない私を「私」として認められず、なおかつ家族もそう思っているだろうからいい子でないと捨てられる、とまで真剣に思っていたんです。
そんなバカな私へ母が言ったのは

「自分を抱きしめてあげなさい。なにも出来ない愛音を抱きしめてあげて。許して認めてあげなさい」

衝撃でした
生きる価値もないと思っている自分をどうしたら抱きしめられるのか?
抱きしめる方法だって分からない
誉められもしない自分をどうやって抱きしめる?

母からの大きな課題でした。皆さんは出来ますか?大嫌いな人を抱きしめること。最初はもう「お母さんなに言ってるの!?」としか思えませんでした。でも続きで言われました。

「人に優しく出来る愛音だから、自分のことも抱っこできる。お母さんは知ってる」

勘違いと緊張して生きてきました。学校では優等生でないといけない、家族にも自慢に思ってもらわないといけない、それ以外の自分には価値などない。
不登校で全部失った私に突きつけられた課題が自身を抱きしめること。
答えから言うとなにもできない私の手を取ることからスタートでした。優しく繋いであげて「頑張って生きてるじゃん」と認めてあげる。抱きしめるには時間がかかったし、なによりも長年の勘違いを認めていくところから。
だから私は私にこう言いました。

「今までごめんね。苦しいことばっかりさせてたね。だけどありがとう」

だけど、ありがとう

私の中で見つけた魔法の言葉でした。この言葉を見つけて私は私を抱きしめることができました。
緊張も勘違いもして優等生転落した私へ一番言いたかった言葉。「ありがとう」

今ではめちゃくちゃ甘えさせるほど抱きしめます。小さなことでも「偉い!よくできた!」
不思議と自分を抱き締めると人にも優しくできるんです。そしてピアサポーター目線で考えていくと心が寂しい人ほど自分を抱きしめられない、なぜなら好く部分許せる部分がとても少ないから。私がそうでした。

でも時間はとてもかかるけど、不可能ではないこと、可能性ゼロでは決してない。
これを読んでくれた方で、自分のここが許せない!大嫌い!と思う部分があったら一言だけ自分に伝えてみてください

ー生き続けてくれて、ありがとう

そうしたらその先には嫌いな自分も抱きしめられるでしょう、私はそう信じたいです

*愛音*

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