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49|消防士になりたいと言った彼は今。

春、クラス替えにドキドキしながら教室に向かうと、また私の前には見慣れた背中。

出会ったのは小学校の頃。
苗字の初めの文字が同じだった私たちは、出席番号が前後で、3年間同じクラスで同じ時間を過ごした。

小学校の卒業式も中学校の入学式も隣の席だったの、覚えてる?

君はやんちゃで、よく怒られてた。

窓割って、犯人探しが始まって、罪悪感に耐えられず「僕がやりました」って自分から先生に言いに行った子。

勉強も苦手。発言するのも作文も苦手。
足は速かった。

でもほんとは優しくて真面目。
とても恥ずかしがり屋な上に、自分の気持ちを言葉にするのが苦手。

そして、当時の君は、その上手く表せない感情をどう発散していいのか分からなかった。

そんな風に私の目には映っていた。


私はとても世話好きな人間で、小学生なのに他人のことを分かっていると思い上がっていて、よくあなたの「お母さん」してた。

迷惑かけられたけど、私も迷惑かけてたね。

それなのにみんなに〝ニコイチ〟と言われるくらい仲が良くて一緒にいてくれた。



卒業文集

小学校では卒業文集を書いた。
テーマは「将来の夢」。

私は保育士になりたいと書いたのを覚えている。

作文が好きな私とは対照的に、君は、卒業文集も筆が進まない子だった。

自分の作文が終わった私は君に質問した。

「将来何になりたいの?」

答える代わりにこう書いてくれた。
『消防士になりたい。』と。

「どうして?」

『おじいちゃんが消防士だった。
小さい頃、消防服と帽子を着させてくれた。その時はぶかぶかだったけれど、その服を着て人を助けられる消防士になりたい。』

いつも恥ずかしがり屋で自分の考えを全く表に出さない、勉強も苦手な君が、私にそんな風に話してくれたこと、そしてそれを文集に書いていたことを、私は今でも熱く記憶している。

そして書き終わった時、「手伝ってくれてありがとう」と言われたことも覚えているよ。



消防士になりたいと言った彼は今。


私たちは20歳になった。

先日、同窓会があった。
8年前うめたタイムカプセルを開封した。

久しぶりに会ったみんなはとても大人になっていた。

仕事をしている子も、就活しているという子も、学生をしているという子もいた。
いろんな道があるんだなと思った。


そんな中、大きくなった彼の姿もあった。

相変わらず恥ずかしがってフードを被っていた。聞こえてきた声は、低くて知らない声だった。

「今何してるの」と聞いた。

『消防士をめざして学校に通っている』と言った。

『まぁなれるか分かんないけどね。勉強も全然できないし。でも消防団に入ってるよ』
『もしなれなかったらそれはそれ。その時は介護の仕事しようと思ってる。人を助ける仕事であることに変わりはないからね。』

そう言って笑った。あの頃と変わらない笑顔だった。

高校の時に一度なることを諦めたらしい。
でも、先生に背中を押されてもう一度目指すことを決めたとも言っていた。


とても、輝いていた。

少し恥ずかしがりながらも、堂々と、楽しそうに話していた。

勝手に、誇らしかった。


夢に向かってがんばる人の目は、輝いている。

私も大人になってきてわかった、夢を叶えることの難しさ。夢を語ることの軽さと、叶えることの重さが釣り合わないこと。いくら好きでも、それをがんばることは簡単ではないということ。

それなのに君は、加えて「人を助けたい」と言った。

命を直視して、彼らに掛かる重さを一緒に背負うこともあるだろう。自分の手に運命がかかることもあるだろう。
それを自らやりたいと言っている。

私には考えられない。その重みに耐えられない。
でも、とてもとても大切で、必要な仕事だ。

心から君のことを尊敬した。
私の目には眩しいほどに、素敵な大人だった。



保育士になりたいと言った私は今。


『今何してるの』と聞かれた。

「先生目指して大学行ってるよ」と言った。

『教員、なるの?』

「いつかはなりたいけど、その前に私は特別支援が学びたくて。」

『あんたらしいな。いい先生になるよ』
そう言ってくれた。

「君もね。いい消防士になるんだよ」
そう返した。

二人で苦笑いした。
だって未来なんて分からないということを知ってしまったから。



時計が12を回るまで、みんなといろんな話をした。

当時の懐かしい思い出も。謝りたかったことも。感謝していることも。苦い思い出も、今となっては笑い話。

今何をしているか、どんなことを思ってるのか、この先どんなことがしたいか、そんな夢を語らい、酒を飲んだ。

変わったなと見えたみんなは、何も変わっていなかったし、なんにも変わってないねと言われた。

住所も親の顔も互いに知っている仲間。
当時は嫌だった。わざわざ話さなくてもみんな弟のことを知っていた。笑われたこともあった。
でも今は、それが心強かった。こんなに近いところに何年も会っていなかった仲間がいたことに、勿体なく思った。

家まで仲良く歩いて帰った。
空が綺麗だった。

『次は5年後ね』なんて言って別れた。

5年後か。
私は生きているだろうか。

あぁ死ねないな。

そんなことを思いながら、その日は寝れなかった。










「あのさ、昨日君と話して思い出したんだけど」

『うん』

「私、あんたのことめっちゃ好きだったわ。」

『笑。そっか。』

「うん」

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