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君のミッキー

私はまた間違える。


集中して机に向かい作業していると、誰かが左側に立って私を眺めているのが分かった。
その暖かくて柔らかな雰囲気が「ああ、恋人が来てくれたんだ」と思い、手を伸ばしたら「ミッキー?」と呼ばれた。


掴もうと伸ばした左手が、宙で固まってた。
違う、ここは学校で恋人は家だ。隣にいるのは去年から同じクラスで仲良しの男の子。

「どうしたの?手、止まってるよ?」
子犬みたいな顔で私に問いかけてくる。
「ごめん。間違えちゃった」
と、訂正するように手を膝の上に戻した。手元の作業ではなく、人違いをするなんてどうかしている。

「そっか〜」と、首を傾げながら答える彼をまじまじと見つめる。彼と恋人は似ていない。根本的な性格が正反対だなと、彼と一緒にいる時は常々思う。


内向的な恋人に比べ、彼は外向的だ。
主要な人間関係が家族と私だけの恋人と、たくさんの友人や家族、彼女に恵まれてる彼。
1人で抱え込むタイプの恋人と、すぐ誰かに頼ることが出来る彼。

猫と犬みたいだなと思う。共通していることは、どちらも温もりがあって可愛らしい。


同じクラスだからと仲良くしてくれて、忘れっぽくて少し抜けてて人懐っこい性格が私は好きだ。何か分からないことや物を忘れて困った時に、「ミッキー😭」と縋られていた1年生の頃が懐かしい。

2年生も同じクラスでびっくりした。何かの縁だろうか。出来れば卒業まで同じクラスがいい。


私は彼に「ミッキー」と呼ばれている。私が過去にキャスト(東京ディズニーリゾートの従業員)だったことを知ってるからだ。

私は彼を名前+君付けで呼んでいる。彼と私の名前は最後が1文字違いでよく似ている。それはもし私が男に生まれていたら、母が私に名付けようとした名前だ。

だから彼の名前を呼ぶ時は、その名前の向こう側にもしもの自分を考えることがある。同い年の彼はもしかしたら、男に生まれていた時の私かもしれない。


「喉が渇いたから自販機行こうかなぁ。ミッキーも来る?」
と聞かれたので、思考をやめて「行く」と返した。手が空いているとまた間違えてしまいそうなので、両手を塞ぐためにiPadを抱えてついて行った。

「なんでiPad笑」と、長財布を後ろのズボンのポケットに突っ込んで身軽な彼は笑う。理由を答えたらまた笑われそうなので軽く受け流した。


誰もいないエレベーターで2人きり。緊張する。
学校に不慣れな私たちは、エレベーターの乗り継ぎと自販機がある階数も間違えた。緊張が解けて乗り直したエレベーターでコロコロと笑う。

ようやく着いた自販機売り場で、嬉しそうに何を買うか悩んでいる。
セブンティーンアイスの前で「美味しそうだな〜でも寒いからな〜」と悶々としている。

「何味が好き?」と聞くと「いちご」と返された。可愛いな〜と思いながら、いちごアイスの味を想像する。私自身、いちごアイスはあまり食べない。バニラとチョコといちご味から選べと言われたら、バニラを選ぶ。


迷いに迷ってカルピスを買っていた。うんま〜と幸せそうに飲んでいる。次の授業まで後3分くらい。早く戻ろうと行きの失敗から学び、エレベーターの乗り継ぎを間違えないように階段も活用した。

ギリギリ間に合ってまた講義が始まる。斜め前に彼が座っている。授業を真剣に聞いていて偉い。ぼーっとしていたらあっという間に終わって一緒に帰ることにした。


2年生後期の私たちは、帰り道の話題に就活や進路の話があがる。彼は昼間は大学4年生でもうじき卒業らしい。卒業後はこちらの学校の3年生になり、その後就職するみたいだ。

彼はとにかく良い企業に入ってお金を稼いで彼女を楽させてあげたい!と意気込んでいた。素晴らしい理由だと思う。

私は何になりたいのだろう。キャストを辞めてしまった今、特に就きたい職もない。ある程度元気になってから、実は何度もキャストの面接を受け直しているのだが、全く採用されずに1年半経った。もうあの場所には戻れないのだろうと薄々察している。


いつかの七夕期間にディズニーに行った際、「ミッキーになりたい」と短冊に書いていた女の子を思い出す。当時は可愛い夢だな〜と受け流していたが、今ではそれが痛いほど胸に迫ってくる。


私もミッキーになりたかった。ミッキーのようにかっこよくて誰もが憧れる、優しくて勇敢な人になりたかった。そんなミッキーの夢を支える人になりたかった。

小さな間違いを積み重ね、気づいたら取り返しのつかない間違いをしていたあの頃。
二度と夢が叶わないと知った今、私は自分で自分の夢を壊してしまったことを深く後悔しながら生きている。


「じゃあねミッキー!また明日〜」
改札の中に笑顔で手を振る彼が消えていく。ミッキーと呼ばれる度に、なんと表現したらいいのか分からない感情が込み上げてくる。

私が夢見たミッキーになれないのなら、せめて君にとってのミッキーで居続けたい。
恐らくこれも、間違った選択なのだろうと心の中で嘲笑しながら。


p.s.
3年生になり君とはクラスが離れてしまった。「ミッキー、俺今年ボッチかもしれない…ミッキーと同じクラスが良かった😭」なんてLINEをくれたのはとても嬉しかったけど、君はとても人懐っこい性格だしすぐ友達も出来るだろう。
2年間同じクラスで仲良くしてくれてありがとう。
卒業まであと1年。学校で会うことはそうないだろうけど、お互い頑張ろうね。

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