新・堕落論

 自分を含めた高学歴(というかほぼ東大生)に堕落というテーマで物申す。恵まれた環境に安逸を貪りながらも、一部の特異な人間との才能差に絶望したフリをしながら、それでも一般人と自分ではスペックが違うのだと傲慢に、酒を飲んだりタバコを吸ったり引きこもったりデカダンに傾倒したりで頽廃を気取り、逐一SNSで報告して承認を得んとするのは、正真正銘、真性の堕落もどきである。最も断罪せねばならぬ態度である。
 だが考えてみると、昔から作家というものは得てして己の堕落や不完全性を題材に承認を得んとして種々の傑作を生み出してきたのであり、それらが読み継がれる状況に鑑みると、この批判もあまり的を射たものではないのかもしれない。より正確には内在する欺瞞を認めながらも直視できないという、堕落もどきを超越した人間としての真の弱さこそが人々の心に突き刺さるのかもしれない。言ってしまえば元も子もないから皆口に蓋をしているだけなのだ。
 もっともこの主張をせんと僕を走らせたものは他ならぬ自己に潜む彼らとの同質性であり、所詮凡百と同じ心性から逃れたいが為だけである。ところで僕は坂口安吾の堕落論を読んだことはない。1年生の頃に白痴は読んだがあまりピンと来なかった。今が来るべき時なのかもしれない。いつか読んだら思ったことを書きたい。堕落もどきの人間であれば堕落論を読む自分に陶酔したくもなるのだろう。

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ゆうひん

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