脱水

92.脱水はどのくらいカレーをおいしくするのか? 問題 Part1

おいしいカレーを作ろうとしたときに、脱水がどれほど大切かについては、過去の著書の中で幾度となく触れてきた。感覚的には上手な人とそうでない人との差がもっとも顕著にでやすいのが脱水のプロセスだと思う。ツイッターのアカウント(@AIRSPICE_mizuno)で、カレーについてのさまざまな質問を受け付けている。できる限り答えるようにしているのだけれど、つい昨夜、この脱水に関する質問があった。140文字とかで説明できる話ではないので、ここで改めて書きたいと思う。

スパイスで作るカレーは、前半で炒めて脱水し、後半で加水して煮込むのが基本的な手順。にんにく、しょうが、玉ねぎ、トマトなどを加えて炒めて水分を抜き終わった状態を“カレーの素”と僕は呼んでいる。単純に言えば、カレーの素の時点で脱水が進み、味が凝縮されていればいるほど仕上がりのカレーはおいしくなる。逆に後半で煮込むプロセスではほとんどやることがないだけに、前半をどうするかで味わいのかなりの部分が決まると思う。

そこで脱水について、である。できるだけわかりやすく量を表示しながら話を進めたい。
たとえば、にんにく(20g)、しょうが(30g)、玉ねぎ(300g)、トマト(150g)を炒めてカレーの素を作るとする。スパイスについては割愛する。合計500gの食材が鍋に入ることになる。これらを油で炒めて70%脱水したら、30%の“カレーの素”(150g)ができあがる。このあと、鶏肉(400g)と水(250g)を加えて30分煮込むとする。煮込みによる水分の蒸発が50gだとすると、出来上がるカレーの総量はどうなるか?

★A……「カレーの素(150g)+鶏肉(400g)+水(200g)=カレー(750g)」

750gのカレーが出来上がる。これは、3~4人分の分量だ。次は、脱水を控えめにした場合を検討してみる。前者と同じ合計500gの食材を鍋に入れ、油で炒めて30%脱水したら、70%の“カレーの素”(350g)ができあがる。このあと、鶏肉(400g)と水(50g)を加えて30分煮込むとする。カレーの素の脱水が少ないから、その分、加える水の量も少なめにして総量を同じにしようという狙いだ。煮込みによる水分の蒸発が50gだとすると、同じ計算式で総量が出る。

★B……「カレーの素(350g)+鶏肉(400g)+水(0g)=カレー(750g)」

できあがるカレーの総量は同じになる。さて、しっかり脱水して多めに水を加えて煮込んだAのカレーと、そこそこの脱水で少なめの水を加えて煮込んだBのカレーは、どちらがおいしくなるだろうか? もう答えはわかっていると思う。圧倒的にAのカレーのほうがおいしくなる。Aはうま味が凝縮されメリハリのきいた味。Bはうま味が足りずボンヤリした味。前半の脱水が大事だというのは、この差が出るからだ。

実に不思議なことだ。水分を抜く脱水は味を深める行為であり、水分を加える加水は味を薄める行為である。脱水をして深めておいて薄める水をたくさん入れるのと、脱水をそこそこにする分、薄める水を少なくするのは、どっちが先かの問題だけで、プラスマイナスはゼロのはずなのだ。それなのに、差が出る。この味わいの差を論理的に証明するのは難しい。ただ経験値として確実にそう感じている。

デッサンを練習しまくって上手に書けるようになった人がわざと崩して描く絵と、デッサンの練習をさぼって実力がないままヘタウマ風に帳尻を合わせて描く絵では、パッと見は同じようだが、よく見れば雲泥の差がある。基礎や土台が大事だというのに近いのかもしれない。ベースのおいしさをどこまで作れるかで仕上がりが決まる。足場を適当に組んでしまったら高い塔は建てられない。そんなところだろうか。

実は“おいしい”にはたくさんの尺度があるから、難しい。一般的には味の濃いカレーが人気を集めやすいが、逆に味気ないカレーをさっぱりしたカレーとかすっきりしたカレーと捉えて「おいしいなぁ」と感じる人もいる。ちなみに僕はどちらのカレーも好きではない。僕が好きなのは、味の深いカレーである。“深いカレー”と“濃いカレー”はちょっと違う。
そんな話を来週、続きでしたいと思う。

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