58. チキンカレーの鶏肉はどう加熱するべきなのか? 問題

いつか全国の家庭の食卓で作られる日本のカレーのスタンダードは、チキンカレーになるんじゃないかと僕は思っている。理由は、「関西が牛肉、関東が豚肉」と言った地域性に左右されにくい(好みの差が出にくい)し、煮込み時間が少なくてすんで楽だし、価格が安いし、といろいろ。そして何より再現性が高いのがいい。牛肉や豚肉の塊はおいしく煮込むのが実はとても難しい。でも、鶏肉は少々乱暴に、適当に煮込んでもそれなりにおいしく仕上がる。成功と失敗のギャップが少ない。

未来のジャパニーズカレーのスタンダードを目指しているフードトラックのカレーが、3種類ともすべてチキンスパイスカレーなのはそんな理由からだ。とはいえ、僕らがつくるチキンカレーの鶏肉は、適当に煮込めばいいわけじゃない。だから最近は、チキンカレーにおける鶏肉の加熱についてよく考えている。今の僕の好みからいえば、「メインの具になる鶏肉は煮込まなくていい」というのが結論になる。

塩こしょうをふってしばらく置き、高めの温度に設定したオーブンで焼いて8割がた火を通し、表面を色づけた鶏肉をカレーソースに合わせてほんの少し煮るスタイルが気に入っている。チキンカレーで鶏肉を煮込む狙いは、まず第一に生では食べられないからなのだけれど、そんな当たり前のことはいいとして、大きく二つある。具として食べたい。ソースをおいしくしたい。これをひとつの鶏肉でやろうとすれば、一定時間煮込むことになる。煮込みすぎると味が抜けて鶏肉がおいしくないし、煮込みが足りないとだしが出ずソースが味気なくなってしまう。

具を30点にしてソースを70点にするか、具もソースも50点ずつにするかは作りたいカレーのコンセプトによって変わる。合計100点の中でどっちを取るかを決めるのだ。もちろん煮込むことの相乗効果で鶏肉のポテンシャルは120点になることも期待できるのだけれど。でも、待てよ。だったら「具用」と「ソース用」は区別すればいいじゃないか。そうすれば、具が100点、ソースが100点、合計200点のカレーを目指すことができる。そう気が付いたのは、もう10年以上前のことだから、いろんな本でそのエッセンスは伝えてきている。

さて、具体的に僕がチキンカレー作りで採用している方法は、こうだ。ソースの鶏肉は、鶏ガラと水だけで煮立ててアクを取り、そこから2時間ほど、マックスの強火でボコボコと煮込みまくる。白湯スープのような白濁した濃厚な鶏ガラスープができる。具の鶏肉は、前出のとおり、ひと口大にカットした鶏もも肉に塩こしょうをして、オーブンで焼く。玉ねぎやスパイスを炒めたベースにこれらのソースと具を混ぜ合わせる。混ざった後は、ほとんど煮込まなくていい。いや、煮込みすぎないほうがいい。

この手法がベストかどうかは好みによるとして、全く同じ考え方に立っていたのが、人気ポルトガル料理店「クリスチアノ」の佐藤くんだった。彼とは玉ねぎを細かく切る必要も炒める必要もないという点でも考え方が似ている。(厳密に言えば、玉ねぎの重要性については僕の方が信じているところはあるけれど)。佐藤くんが作ってくれたチキンカレーもおいしかったなぁ。

本当は鶏肉は、丸鶏をさばくのが一番おいしいと思うけれど、その場合でも手法は同じだ。とにかく具にする鶏肉は焼いた上で煮込みすぎないのがいい。というか、僕は好きだ。ただ、フードトラックでの鶏肉の加熱でひとつ頭を悩ませているのは、調理場にオーブンがないこと。フードトラックでは、「カレーをおいしくしすぎない」ことを裏コンセプトにしているので、オーブンで焼けないのはちょうどいいといえばちょうどいい。

ただ、その分、どうしたらいいのかについてはまだ試行錯誤を繰り返している。生肉を放り込んでグツグツ煮る方法は好みじゃないから、いまは熱湯にくぐらせてアクを少し抜いてから気持ち長めに煮込む方法を取っている。先日は、塩水に一定時間漬け込んでみた。最近話題のブライン液とかいうものだけれど、あれは、焼いたり揚げたりしないと効果が出にくいのかもしれない。いずれにしても、ベストな方法を採用することや自分の好みの味に仕上げることがいいわけではないから、これからもチキンカレーの鶏肉をどう加熱するべきかについては、試行錯誤を繰り返したいと思う。

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