問題180813

86. カレーの食べごろはどのタイミングがベストか? 問題

ひと晩寝かせたカレーはおいしい、と言ったらずいぶん古臭い話をしているような感覚になだろうか。昔も今も寝かせたカレーのおいしさは変わらない。日本のカレーは寝かせるとうまくなるが、インドのカレーは寝かせるとまずくなる、という意見もある。好みの問題だと思う。そういえば、僕が信用するインド人シェフは、「マトンカレーと豆のカレーは寝かせたほうがうまい」と言ってたっけ。ま、やっぱり人それぞれだ。
ざっくり言えば、寝かせることでうま味が増す代わりに香りが減る。どっちを取る? みたいな話なんだけど、ま、今回はその問題ではない。

あるカレーを僕がイベント用に作っていったとする。たとえば、100人分のカレーを3時間かけて提供する場合、3時間の間のどのタイミングが一番おいしいのだろうか?

先週(だったかな?)、フレッシュネスバーガー日比谷店で、1日限定100食のスパイスカリーチキンライスを提供させていただいた。名前がややこしいけれど、要するにチキンカレーである。バーガーショップでカレーライスを出したら面白いのになぁ、くらいのことで勝手に盛り上がり、店に協力をしてもらって実現した企画だったが、ちょうど3時間ほどの間に100人のお客さんに食べてもらう形になった。
さて、何人目のお客さんが、僕にとって理想的な状態(味わい)のカレーを食べたのだろうか? 答えは、「最初の10人くらい」である。逆に何人目のお客さんが、僕にとって残念な状態のカレーを食べたのか、といえば、「最後の10人くらい」となる。

要するに僕がとあるイベントでカレーを出す場合、最もおいしく食べてもらうためには、イベント開始直後に並んでもらうのがベストだということになる。

理由を簡単に言えば、開始直後にピークを持ってくるように計算して仕込んでいるからだ。特にチキンカレーの場合、最近、僕の中で流行っているスタイルは、「一切、肉を煮込まないカレー」というスタイルだ。まず、ベースとなるソースを作っておく。あとは鶏肉を加えて煮込み、仕上げの香りでも加えれば完成、という状態だから“マサラ”と呼ばれるものが出来上がる。

鶏肉は、3~5%程度の塩水に2時間ほど漬けておき、水気を切ってフライパンで皮面からキッチリと焼きを入れる。皮面をタヌキ色になるくらいまで火入れし、ひっくり返してからは場合によってはふたをして余熱で中心まで火が通る直前まで焼く。
粗熱が取れた鶏肉を包丁で大きめに切って、焼き汁と一緒にマサラ(ソース)の入った鍋に加える。ざっと混ぜ合わせたら、そこからは加熱をせずにふたをして、そのまま現場へ持ち込むのだ。現場までの距離(かかる時間)にも寄るが、イベント開始直前に温めてそこから保温に入る。

ソースはソースで完成させ、具の鶏肉は具の鶏肉で完成させ、双方を混ぜ合わせただけでは未完成だが、現場まで鍋で一緒にいて、そこから温めなおすところで双方が融合する。この具合が僕にとってベストなチキンカレーである。チキンカレーが最もおいしい瞬間だと思う。そこから先は、加熱(保温)時間が長ければ長いほど、具とソースはなじんでいくから、僕が目指したい味からは離れていく。
肉質はボロボロになり、ソースに味が出すぎてしまう。「それはそれでいい」とか、「そっちのほうが好き」という人もいるだろう。でも、僕が食べてもらいたいカレーからは遠ざかってしまう。

2時間、3時間で完売するイベントなら誤差の範囲だけれど、カレー店のシェフたちは大変だと思う。ランチとディナーで仕込みなおすか、通し営業だったりしたら、その状態変化を計算に入れながら提供しなくてはならない。どんな状態のカレーを出したいかはシェフによって違うけれど、どのシェフにとっても「ここがベスト」という瞬間があるはずだ。
かつて、老舗カレー店「デリー」さんは、お客さんのアンケートで「具の鶏肉がおいしくない」との声を受け、チキンの処理方法、カレーの仕上げ方を変えたという。簡単に言えば、具とソースを一緒に煮込まないスタイルを取ることで鶏肉の味わいをキープしているという。

そういえば、フレッシュネスバーガーのとあるスタッフが、取り置きしたチキンカレーを帰宅してから家族に食べさせたら、「なんでカレーのチキンがこんなにおいしいの!?」と驚かれたそうだ。僕からすれば、夕方5時過ぎにピークを持ってきたカレーをおそらく夜の9時とか10時に食べてもらっているわけだから、「申し訳ない」というくらいのタイミングだが、少なくともその日のうちなら鶏肉はおいしさをキープしてくれていたのだろう。
この「問題シリーズ」でも何度か出てきた話だけれど、やはり、チキンカレーは煮込まないほうがうまい。あ、いや、言いなおさなきゃいけないな。チキンカレーは煮込まないほうが僕は好き。自分が作るカレーのピークをどう設計するかはこれからも検討し続けたいと思う。

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