AIRSPICE17_8月_バターチキンカレー

70. バターチキンを超えるインドカレーはあるのか? 問題

バターチキンカレーというのは、日本で最も人気のあるカレーだと思う。オールドデリ—にある「モーティマハール」というレストランで生まれたと言われていて、同店の歴史をつづった本によれば、「パキスタンから北インドパンジャーブ州へ移り住んだシェフによって生み出されたカレー」とあったと記憶している。

中近東のリッチな味わいの食文化とインド料理が何かしらの形でハイブリッドして生まれたもので、その名の通りバターを中心に、乳製品のオンパレードによっておいしさに拍車がかかっている。ヨーグルトでマリネした鶏肉を焼き、バターと生クリームで仕上げるのだから強烈なうま味がある。

バターチキンがなぜおいしくなるのかについて、カレーの学校で90分間、授業をしたことがある。デモンストレーションつきで。そのときに作ったバターチキンカレーは、直前に受けていた取材の影響もあって、炒め玉ねぎを加えるという掟破りをしてしまった。本来、バターチキンには玉ねぎは使わない。

とはいえ、国内のインド料理店では、フライドオニオンをペーストにしたベースをバターチキンに加えているところも割と多いようだから、ありといえばありなのかな。ちなみにイギリスとインドがハイブリッドして生まれたといわれるチキンティッカマサラは、炒め玉ねぎ入りのバターチキンみたいなレシピが目立つ。とことんおいしくしてやろう、という執念が実ったカレーという感じだろうか。

件の「モーティマハール」へ取材に行ったとき、調理場の真ん中でトマトが大鍋でことことと煮込まれていたのを思い出す。バターチキンの味わいは、乳製品以外に濃縮したトマトのうま味、砂糖の甘み(使うものも使わないものもあるが)も重要なファクターだと思う。そして、何より僕自身が感じるおいしさは、香味だ。

ヨーグルトで鶏肉をマリネするときにカシューナッツのパウダーを使う。それが炭焼きのタンドール(窯)で焼かれたときに、肉汁やマリネ液が窯の底に落ち、煙が上がる。そのスモーキーなフレーバーをまとった鶏肉がカレーの中心にいる。それが好きだ。こんなにおいしいカレーだから、当然、日本では大人気。日本で最も人気のあるインドカレーとなったのだろう。

バターチキンに続いてスター性のあるインドカレーはなんだろうか、とたまに考える。おそらく、キーママターだろう。インドのそれに比べるとグリーンピース(マター)の量が極めて少ないキーマ(挽き肉)のカレーだが、全国的に名の知れたカレーとなった。数年前にポークビンダルーが流行りそうになった時期があったけれど、メジャーにはなり切れなかった。サグは人気だ。カッテージチーズを加えたサグパニールは女性にも人気。でも、ブレイクするにまではいたっていない。

とある会合で「デリー」の田中社長やLOVE INDIAの竹田会長と食事をする際に、みんなでこのテーマについて考えたことがある。これからブレイクする可能性のあるインドカレーは何か、について。ブレイクの定義は、インド料理に全く興味のない日本人でも「おいしい!」とその名前や存在が知られるレベルまで有名になるインドのカレー。今のところは、バターチキンとキーマくらいしかないが、ポテンシャルのあるカレーはほかにもありそうだ。

チェティナードチキン(もしくはマトン)にはその可能性があると思って今年はチェティナード料理を探る旅に出かけたが、その点に関していえばちょっと期待外れ。頑張ってポークビンダルー止まりかなぁ、という印象だった。他には、チキンドピアザ、マトンローガンジョシュ、チャナマサラ、ナブラタンコルマ、アルゴビ、ベイガンバルタ、ビンディマサラ、ダールタルカ、ダールマッカーニ、ケララフィッシュ、マスタードフィッシュあたりがノミネートされた。

途中から会場に居合わせたインド料理研究家の香取さんにも聞いてみると、ゴアンプロウンカリー、チングリ、ブレインマサラ、マトンウップカレーあたりの名前が挙がった。さて、これらの中で全国津々浦々までブレイクするカレーはあるだろうか。誰かが上手にアレンジしたり、もっとキャッチーなネーミングがついたりして、いい意味でインド料理から離れていけば人気を博すカレーが生まれるかもしれない。ただ、それでも、やっぱりバターチキンに勝てる気はしないのだけれど。

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