玉ねぎ鶏肉だけ問題

120.鶏肉と玉ねぎだけで作るカレーは美味しいのか? 問題

イベントと忘れ物は、切っても切り離せない関係にある。地元浜松の里山再生プロジェクトで森にカレーを作り行った。車を降りてから20分ほど山を分け入り、会場に到着。薪に火をつけ、鍋をセットして油を注ぐ。玉ねぎと塩を加えてざっと混ぜ合わせ、ひと息。さて、ジンジャー&ガーリックの準備に取りかかるか、と辺りを探す。ん? ない。
「にんにくとしょうがは?」
「あ!」
「トマトは?」
「あー!」
「……」
「買いに戻りましょうか?」
「いや、大丈夫です」

イベントと忘れ物は、切っても切り離せない関係にある。そして、ピンチはチャンスである。何のチャンスかって? 僕の大好きな実験をするチャンスなのである。にんにくとしょうがとトマトがない状態で、カレーをおいしく作ることはできるのだろうか? 手元にある材料は、次の通りである。

1.玉ねぎ
2.鶏手羽元肉
3.油/塩/水/スパイス

おおお。なかなかドキドキするラインナップだ。同時にワクワクもする。「3」はなければカレーにならないとして、「1」と「2」だけで果たしてカレーは美味しく作れるのだろうか? しょうがはともかく、にんにくの香味はカレーを簡単においしくできる重要なアイテム。トマトのうま味は強い味方である。だが、ないのだから、仕方がない。ひょんなことから自分史上最もそぎ落とされた材料で作るカレーに挑戦することになった。この条件でチキンカレーを作る上で、以下の点に注意した。

A. 玉ねぎの炒め方……うま味ととろみを作りたい
B. スパイスの焙煎……香味を引き立てたい
C. 鶏手羽元の煮込み方……だしのうま味を出したい
D. 水分量の調整……濃度を強めたい

玉ねぎ(A)は、くし形に切り、これでもかというほどの強火で表面をこんがりと焼いていく。ポイントは、表面を色づけるが脱水は進めないこと。一気にキツネ色からタヌキ色までもっていけば、玉ねぎの中にまだ水分が割と残っている状態をキープできる。表面はメイラード反応するから煮込み始めるとうま味が溶け出し、中面は柔らかい玉ねぎが溶けてとろみと甘味に変わる。

スパイス(B)は、どうせなら、とあえてシンプルに4種だけにした。クミンシード、ターメリックパウダー、パプリカパウダー、コリアンダーパウダー。森に入る前は、「ローリエを死ぬほど加えたらカレーの味がどうなるのか」と実験しようとしていたから、ローリエも持っていたが、実験内容が急遽変わったため、控えめに入れた。50人分を作ることを考えるとほとんど意味のない程度しか使っていない。クミンシードはともかく、パウダースパイス3種を加えたからは、焦げる寸前まで鍋中で焙煎し、香味を立てた。

鶏手羽元は、シンプルに煮込み時間を長くすることで骨から出るうま味を期待した。ただし、(これは昔から疑問がある点だが)手羽元の骨って、丸のまま煮込んだら「骨からうま味」はたいして出ないんじゃないか? という点については、今回は考えないことにした。いつかどこかで実験したいと思う。ともかく長時間煮込むのだから、肉自体のうま味も抽出されてソースに出ていくはず。それを期待した。

水分(D)については、カレーの濃度をコントロールする大事な要素だ。単純に少なければ濃厚、多ければさっぱりとする。だから、少なめに加えて濃度を強めることにした。塩の量は適正量が決まっているからあまり改良の余地がない。油は増やせば増やしただけ味わいは強まるが、現場に必要量の油しか持ってきていないから、増量することはできなかった。ココナッツミルクも生クリームもない。隠し味にあたるものも何もない。よって、材料で調整できるのは、水の量だけなのである。

2時間ほどで50人分のチキンカレーが無事できあがった。食べてみる。めちゃくちゃうまい。いやぁ、うまかった。本当は、パプリカパウダーをレッドチリパウダーにしたらもっと好きな味になる。ただ、子供連れの家族も多かったからチリは使わなかった。森の中、あちこちで、食べた人たちの「うまー!」、「うまー!」の声を聞きながら考える。
この材料でカレーがおいしくなってしまうのなら、にんにくもしょうがもトマトも要らないことになる。そういうことでいいんだろうか。だとしたら、これまで僕が作ってきた、発表してきたレシピはいったい何だったというんだろう? もちろん、参加者は山で労働した後のカレーだから美味しく感じるだろうし、僕は僕で引き算のカレーが以前より増して好きになっているから美味しく感じるだろうとは思っている。とはいえ……。
新刊『スパイスカレーを作る』の冒頭で僕は、「カレーをおいしくするには2つの方法しかない」と書いている。

・何を選ぶのか(材料)……入れたもの
・どう調理するのか(作り方)……生まれたもの

前者がこれ以上ないほど限られているのだから、後者だけでカレーをおいしくしたことになる。今回の実験では、「どう調理するのか」がいかに大切なのかを思い知る結果となった。そうか! 材料を切り詰めて作り方を進化させた上で、もう一度、材料を元に戻してカレーを作ればスキルアップにつながるのかもしれない。何かこの手法でいいトレーニング方法を開発できそうだ。ひとまず、カリーズ・ブート・キャンプ(古い)と名付けておこう。

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