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98.カレーは本当に混ぜたほうがおいしくなるのか? 問題

カレーを混ぜて食べたい人と混ぜたくない人がいる。

インド料理やスリランカ料理、最近のスパイスカレーなどの場合、基本的に「カレーは混ぜるとおいしくなる」という考え方が浸透している。東銀座「ナイルレストラン」の名物ムルギランチは、チキンカレー、ライス、マッシュポテト、キャベツがワンプレートに盛り合されている。いつも1階にいるラジャンさんは、口癖のように「じぇんめんてき(全面的)にまじぇて(混ぜて)食べてください」と言う。

伏木亨さんという教授が書いた「コクと旨味の秘密」では、料理は複数の味のするものを混ぜることによっておいしさが増幅したように感じると書かれている。そして、その象徴的な存在がカレーだ、という記述も確かあった。カレーは、混ぜて食べたほうがおいしくなるということだ。僕も基本的にはそう思う。でも、そうなのか? と思う話があった。

先週末、料理教室のために札幌併記、いつもお世話になっているスープカレー店のシェフのおふたりと飲んだ。スープカレーは見た目がキャッチーなのが特徴のひとつ。美しく盛り付けることにどのくらい気を遣っているか、という話になったとき、「gopのアナグラ」の店主、信さんが「俺はそういうの苦手だから気にしないんだよね。だってさ、口に入ったら同じって思っちゃう」というようなことを言った。信さんらしい発言で「ですよね~」と盛り上がる。話の流れで「らっきょ」のオーナーシェフ、井手さんが話したエピソードが面白かった。

定期的にアメリカでスープカレーの販売イベントを行っている井手さんは、アメリカ人にスープカレーを提供するとき、「混ぜないで食べてください」と伝えることがあるという。そう言わないと、彼らは、スープと具とライスをすべてスプーンでぐちゃぐちゃに混ぜてから口に運ぶという。「スープカレーってじゃがいもやにんじんがゴロッとしているから混ぜられちゃうと味が薄まるんですよ。それで塩ふって食べられちゃう」というようなことを言った。

そうか。それは面白い! と盛り上がった。僕たちはカレーを食べるとき、カレーの何を食べてどこをおいしいと感じているのだろうか。スープカレーはスープだけを飲んだとき、しっかりと油分や塩分が効いていておいしい。ところが、井手さんが言う通り、ごろごとと入った野菜の中心まで同じ濃さの味わいが浸透しているわけではないから、ジャガイモを食べればジャガイモの味がし、ニンジンを食べればニンジンの味がする。その緩急がおいしさを生んでいるのだ。

だから、スープカレーの具である野菜をつぶし、スープとライスとを“全面的に混ぜ”られてしまったら、ぼんやりとした味わいに感じてしまう。僕たちの頭の中はカレーの器の中の総量を積算して味わうのではなく、センサーを切り替えて味わっているのかもしれない。スープを飲んでいるときのしっかりと主張のあるおいしさを舌で感じながら、その記憶をとどめてジャガイモを口に含む。そのときにはジャガイモのほっこりとした穏やかで優しい味わいを楽しんでいる。一瞬前の記憶の強い味と今この時に感じている優しい味が混ざり合っておいしさを感じられるのだろう。

たとえばスープカレーの場合、わかりやすく、スープの味の強さが80、具の味の強さが20だとする。合計100の味になる。スープと具を交互に口にする食べ方は、「80、20、80、20……」と味わいが続く。仮に食べる前にすべてを混ぜ合わせたら、口にしたときに「50、50、50、50……」と続く。どちらも味の総量は同じだ。でも、前者はメリハリがきいておいしく、後者はちょっとボンヤリした味わいになってわかりにくい。

混ぜたほうがおいしくなるカレーと混ぜるとおいしくなくなるカレーがある。口にするものの形状と味わいの創り方によって、同じカレーでも感じ方が変わると思うと面白い。スープカレーのように別々で食べていくことでおいしいカレーもあれば、昔の日本のカレーのようにずべてがぐずぐずに煮込まれて混然一体となったカレーのおいしさもある。インド料理のターリーやミールスなんかの場合、80の強さに仕上げた各種料理を盛り合せて混ぜるわけだから、80が永続する味の組み立てになるのだけれど、それぞれの盛りが少しずつだから、総量としての味の強さは同じになる。

鶏肉を煮込まないカレーがマイブームである僕のカレーは、どこに位置づけられるんだろうか。昔から自分の中で定番になっているチキンカレーのレシピでは、材料と分量をほぼ変えていないにもかかわらず、切り方や鍋への投入タイミング、火の入れ方のマイナーチェンジをひっきりなしに繰り返している。そして、おそらく最近の僕が作るチキンカレーは、ひと品のカレーの中で、「50、50、50……」の方向の味わいよりも「80、20、80……」の方向の味わいを生み出せるように設計しているのだと改めて思った。

カレーを作るとき、その器の中の要素をどう構成すれば、どういう味を感じてもらえるのかをもっと意識できるようになりたい。

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