ホールスパイスは最初に炒めたほうがいいのか? 問題

火の通りにくいものを先に加え、火の通りやすいものを後に加える。これは料理の基本です。スパイスを使ってカレーを作るときには、丸のままの状態のホールスパイスは最初に加え、粉状のパウダースパイスは後で加える。火の通りやすさが違うのだからこれが基本です。さらにホールスパイスは料理の一番最初に油で炒めるのが鉄則とされています。だから僕もずっとそうしてきたし、料理教室やデモンストレーションなどで調理するときには、「はじめのスパイス」と呼んで、「最初に炒め、油に香りを移します」と説明してきました。ところが説明しながら頭の片隅にいつも小さな疑問を抱えていたんです。

ホールスパイスの香りってどの程度、油に移っているんだろうか?

カレーに使うスパイスはほとんどのものが、そのエッセンシャルオイルは加熱により揮発します。さらにそれが油溶性であるため、油脂分に溶け出します。とはいえ、中温~高温でシュワシュワと何十秒か炒めた程度で香りが十分に移るような気がしません。香りは立ちます。でもその香りが移るかどうかは……。仮に移ったとしてもその香りはその後の加熱が長ければ飛んでしまいます。

仮にあるホールスパイスを油だけで加熱し続けた場合、そのエッセンシャルオイルが揮発しつくすまでにかかる時間が5分間、油に溶け切るまでにかかる時間が5分間だとします。ホールスパイスが温かい油と一緒に鍋の中を泳いでいる時間は、10分間あればいい。ところが実際にはにんにくやしょうが、玉ねぎを加えて鍋中の温度が下がり、素材から水分が出てきて油と一緒にいたいスパイスを適度に邪魔する。だから、10分間あればいいはずの時間は長引いて20分になるかもしれない。だとしたら20分後にホールスパイスの香りが一番いい状態になります。

炒めるだけで完成するカレーは少ないので、炒めてから煮込むケースが多い。20分間炒めて30分間煮こんであるチキンカレーができあがるとしたら、煮込み始めから完成までは、ホールスパイスの香りは時間が経てばたつほど飛んで消えていくことになります。トータル50分間かかるカレーなら、ホールスパイスの“寿命”はできるだけ長持ちさせたほうが食べる時に楽しめるはず。カレーを作るときにそんなことが頭をグルグルしているから、改めて疑問が生まれました。

ホールスパイスを最初に油で炒める手法は本当に正しいんだろうか?

先週末、愛知県のフェスに参戦し、40リットル以上のカレーを一度に仕込む機会がありました。このときホールスパイスの投入順序をいつもと変えてみたんですね。最初に油で炒めず、大量の玉ねぎを先に加えて水分を出し、途中からホールスパイスを加えたんです。玉ねぎの水分が蒸発していき、油が浮いてきたあたりからホールスパイスは油と融合する。結果、程よい香りを出し続け、おいしくカレーは仕上がりました。

ホールスパイスならなんでもかんでも、どんなカレーを作るときも最初に油で炒めるべきだというわけではないことがわかりました。肝心なのは、油とスパイスの距離感を測ること。スパイスのエッセンシャルオイルが揮発するまでの時間、それが油に溶け出すまでの時間、水と煮込まれてソースの中に留まる時間、鍋の外に消えてなくなってしまうまでの時間。これがスパイスごとに違う。作るカレーの条件によって違う。これを精密に計算することは不可能かもしれませんが、感覚的に持っておいた方がいいんだな、と思いました。

油とスパイスの関係は人間関係に似ているのかもしれませんね。好きな人とは一緒にいたい。でもベッタリしすぎたり長時間一緒にいすぎたりすると気持ちが離れる可能性も高まります。適度な距離感や適度な時間。それは相手によっても変わる。人間関係の距離感をはかるのが上手な人は、おいしいカレーを作れるのかもしれません。

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水野仁輔

カレー

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